バビロンに行きて歌え の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
ばらばら短編集だと思ったら連作短編だった。不法入国したレバノンのゲリラ兵ターリクが、異邦の都市トーキョーに降り立ち、言葉も地理もわからないなりに暮らし、仲間を見つけ、恋をしたり、人生を満たすに足るもの(ロックと歌)を見つける。 はじめは怖くて仕方がなかったトーキョーに対し、ある種「育ててもらった」ような郷愁とわずかな愛着さえ得るようになる。 池澤さんの作品は、しゃんとしていて硬くすじがとおっている分、理がちな印象がつよい。よって長編よりも短編の余韻で読ませるほうが上手な人だと思っている。 泥にまみれて弾薬を運び、血と死が当たり前の都市で暮らしてきた、空っぽの荒野のような青年の心に、トーキョーで出会ったものやひとがいろんなものを注いで、植えて、そしてやがて彼の人生は潤沢になっていく。別にゲリラ兵士の生き方を空虚だとなじるつもりはないが、自分がいる世界とまったく違う境遇と生き方をしてきた人に会って、話を聞いてみたいな、と思えるお話だった。自分の興味のある分野での先達ではなく、まったく関心も志向もなく、ややもすると存在すらわからないような場所で生きる、絶対に普通の暮らしではすれちがわないような人と話がしたい。 たとえそれが自分の人生の道行きにとって有用であろうと無用であろうとも。 池澤作品には、ものすごく形而上的で人間臭さのともなわない春樹っぽい淡々とした語り口と、むわっとした湿っぽい風の吹く、泥と唾で薄汚れたような土臭い文章もあり、今作は後者だった。 特に、今作での「故郷を離れ流浪する若者」という背景が、いまの自分にぴったりだったので、どうにもターリクの心細さや、トーキョーという生まれた土地と全く違う世界に対する視線など、(もちろん、わたしの前身はゲリラ兵ではないのだが)共感するところも多かった。 最後半で、ターリクが空港で、コージに対してこぼすトーキョーへの想いが、同じように故郷を離れ何かを求めて遠く都会へやってきた自分にも重なる。近い将来、同じように思う時がくるのだろうか…。 「ぼくを変えた。生まれた町だから、きっと帰ると思っていた。帰れば同じと思っていた。」「そう。東京に来た。いろいろなことをした。歌うようになった。今は別のぼく。東京が変えた。」(p239) 読み終えてからあらためて扉の聖書抜粋を読むとぐっと切ないものがある。 思えば、「バビロン」と「トーキョー」、おなじくさまざまな人間が入り乱れ生活し、押し合いへし合いして、敗れた者は去り、欲望やら地を這うような種類の人間やら、、 二重写しになっていたのだろう。
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