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叛逆の赤い星(下) の商品レビュー

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2020/05/11

激闘の果て、心を震わす終幕。優れた小説は須くカタルシスを得るものだが、重く哀しい情景で終える物語であれば、それはなお倍加され、胸の奥深くに感動が刻まれていく。愛する者を守るため、我が身を焼き尽くす滅びの美学。数奇な運命に翻弄されながらも、揺るぎ無き信念を貫き、無謀な闘いへと赴く男...

激闘の果て、心を震わす終幕。優れた小説は須くカタルシスを得るものだが、重く哀しい情景で終える物語であれば、それはなお倍加され、胸の奥深くに感動が刻まれていく。愛する者を守るため、我が身を焼き尽くす滅びの美学。数奇な運命に翻弄されながらも、揺るぎ無き信念を貫き、無謀な闘いへと赴く男を、重厚で熱い筆致で活写した本作は、スパイ/冒険小説の傑作であるばかりでなく、悲痛な恋愛小説としても深い余韻を残す。 スペイン内戦の英雄ホアキン・カベッサ。貧しい労働者家庭に生まれ育った彼は、圧制者に立ち向かって死んだ父の無念をいつか晴らすべく、少年期から農民コミュニストとして独り立ちし、孤高の道を歩んできた。やがて、若くして反ファシズム陣営/人民戦線の将軍となり、常に先頭に立って戦い、信念の人〈エル・ドゥーロ〉と呼ばれるまでになる。だが、遂にはファシスト/フランコに敗れて祖国を追われ、ソ連へと逃れた。地獄巡りは続いた。偽りの共産主義国家。レーニン亡き後、独裁政治を敷いてきたスターリンは、側近のみならず身内さえ信じることの出来ないパラノイアに陥り、狂人同然と化していた。この巨悪の根源と対峙し、公然と批判したカベッサは強制収容所送りとなり、死の淵を彷徨う。権力の中枢、扇動者そのものであるスターリンへの憎悪だけが生き抜く力となった。毎夜の尋問に耐え抜いた男は収容所を脱走し、メキシコに潜伏した。 物語は、カベッサがスペインの地を再び踏むことから始まる。時は1953年、男は39歳になっていた。生き別れた母親と妹との再会が目的だったが、かつての英雄であり現フランコ政権の敵となった男は、密告によって拘束された。間近に迫る銃殺。監獄からの逃亡を企てるも失敗。追い詰められ、潔く死ぬことを覚悟したカベッサに、見知らぬ米国人が近付く。海外秘密情報部GS16要員ケランド。命と引き換えの取り引きの提示。望みを叶えよう……ソ連の独裁者を殺せ。 CIA創生期、局員からは〝漬物工場〟と揶揄されていた時代。ソ連で吹き荒れる粛正の中、政府中枢部に潜り込み重要な情報を流し続けていた米国のスパイ〝オメガ〟が、排除される可能性も日に日に増していた。冷戦期、熾烈な諜報戦で勝つための重要な資産、オメガ保持は最重要課題となった。つまり、スターリン暗殺は必然となる。だが、派遣した工作員が暗殺に失敗した場合、米ソ開戦の引き金になりかねない。いずれにしても暗殺者は消える運命にあり、捨て駒が必要だった。ソ連に通じる外国人で、復讐の動機と類稀なる腕を持ち、どんな逆境にあっても成し遂げる男。この条件に適合する人物はただ一人、エル・ドゥーロに他ならない。時間は限られていた。 二部構成で、前半は主人公の半生を振り返りつつ、暗殺計画が明らかとなるまでを追い、後半は準備/決行/逃走までを描く。特に第二部は終始ハイテンションで展開し、終盤でのボルテージの高さは凄まじい。常に権力に抗い続けてきた不屈の男、暗殺者となる宿命を背負ったカベッサが物語の強度を高めている。全編を通して、濃密で波乱万丈のストーリーが展開するのだが、孤独な男を取り巻く脇役の造型も深く、心に残るシーンも多い。カベッサを補助する役目を負うCIA女性工作員ゲイル・レッシング、謀略を巡らす冷徹な策士ケランドらとの関係が、物語を大きく揺り動かしていく。 暗殺計画の全貌が徐々に明らかになる過程はスリリングだ。〝オメガ〟の正体も現実にあり得たかもしれない歴史的人物を当てている。1953年3月5日、公式的にはスターリンは脳内出血で死んだとされているが、謀殺説は根強く、真相は闇の中だ。その暗黒を照らす一瞬の光芒が、本作に他ならない。 スターリン暗殺を主題とするグレン・ミード畢生の名作「雪の狼」(1996)に先立つ1982年発表作。推測だが、同じ英国人作家が上梓した本作は、ミードが「雪の狼」を創作する上で大きな刺激となり、励みになったのではないか。共通する題材でありながらも、卓越した技倆で各々が魅力的な世界観を構築していることに、英国における冒険小説家の層の厚みを感じる。

Posted byブクログ