人蕩術極意 の商品レビュー
●ラ・ロシュフコー「幸福とは物そのものではなく、物の味である」実態として存在するものではなく、感覚の問題。 穏やかな陽の光を浴びている人の中でも、それを幸福だと感じる人と、全然顧慮しない人がいる。幸福は光の側にあるのではなか、それを受け入れる心の側にある。 この心の最新活動が起...
●ラ・ロシュフコー「幸福とは物そのものではなく、物の味である」実態として存在するものではなく、感覚の問題。 穏やかな陽の光を浴びている人の中でも、それを幸福だと感じる人と、全然顧慮しない人がいる。幸福は光の側にあるのではなか、それを受け入れる心の側にある。 この心の最新活動が起こるのは、皮膚に光が当たった暖かいという感覚にある。食べ物を食べて美味しいと感じた時の味覚と同じ。幸福とは感覚と密接な関係がある。 感覚は今この瞬間にしかない。 だから幸福は未来にあって追い求めるものではない。 目標は、進行しつつある現在として、夢見て楽しく充実した気持ちで走るなら幸福。苦しみで歯を食いしばって走るのは不幸。 現在に生きず、過去と未来に生きるなら それは幻想の中を生きていることになる。 ●人が持つ五つの本能的衝動 ①生存本能 ②群居衝動 ③自己重要感 ④性欲 ⑤好奇心 相手の上三つを満たしてあげ、 下二つは秘することが奥儀。 上三つばかりしていては、自己劣等感が増大してしまうから、自尊の念が必要。まず自分が富んでいなければならない。
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・万象に定まった性質というものはない。「諸法無我」・・すべて変化する故に固定的に存在する「自性」というものはない。 例えば、「正直は善」「嘘は悪」と決めるといかなる場合でも、それは正しい考え方という固定観念に捕らわれてしまう。 その場かぎりにおいて、嘘は良いか悪いかが定まる。...
・万象に定まった性質というものはない。「諸法無我」・・すべて変化する故に固定的に存在する「自性」というものはない。 例えば、「正直は善」「嘘は悪」と決めるといかなる場合でも、それは正しい考え方という固定観念に捕らわれてしまう。 その場かぎりにおいて、嘘は良いか悪いかが定まる。つまりそれは「常に」ではない。 すなわち「諸行無常」この無常は無情という意味ではない。 今まで、その仏教用語の意味が他の本を読んでもわからかったが、すっきりと腑に落ちた。
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