マドリッドの春の雨 の商品レビュー
以前読んだときは、表題作の「桜田さん」が誰のことか知らなかった。長編小説「幸福の絵」でも描かれるこの人が、プロ野球のスター選手・監督であった別当薫氏であることを知ったときは、なんというか「さすがだなあ」と思ったものだ。不倫スキャンダルを暴露した週刊誌の編集部に、単身抗議に乗り込ん...
以前読んだときは、表題作の「桜田さん」が誰のことか知らなかった。長編小説「幸福の絵」でも描かれるこの人が、プロ野球のスター選手・監督であった別当薫氏であることを知ったときは、なんというか「さすがだなあ」と思ったものだ。不倫スキャンダルを暴露した週刊誌の編集部に、単身抗議に乗り込んだという武勇伝も実に愛子先生らしい。 というようなゴシップ的興味とは関係なく、この表題作は絶品だと思う。自らの仕事と恋愛にかまけてきた母が、いつのまにか若さの輝きをまとうようになっている娘に気づく。嵐のような日々は過ぎ去りつつあり、やっと得た静けさは、胸を噛む悔恨とうら寂しさを伴っている。マドリードの街に降る雨の音が聞こえてきそうな、ひたひたと胸に迫る一篇だ。 三篇目「電話の中の皿の音」以降は、夫であった田畑氏のことを書いたものだ。一年ほど前に刊行された「晩鐘」で、「結局人の心はわからない」と書かれていた。そこに至るまでどれほどの葛藤があったのだろう。
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