夏の栞 の商品レビュー
文学と政治活動の両面で、中野重治とたがいに深い信頼で結ばれていた著者による、中野の回想記です。 同人誌『驢馬』を立ちあげた中野重治が、著者の文学的才能を見いだし、そのことを誇りに思っていたことは、奥野健男の「解説」でも触れられています。しかし、そのような二人の関係を記して発表す...
文学と政治活動の両面で、中野重治とたがいに深い信頼で結ばれていた著者による、中野の回想記です。 同人誌『驢馬』を立ちあげた中野重治が、著者の文学的才能を見いだし、そのことを誇りに思っていたことは、奥野健男の「解説」でも触れられています。しかし、そのような二人の関係を記して発表することには、ある種の「臆面のなさ」が求められることも事実であるように思います。著者は一方では、最晩年の病床にある中野の脚をさすったときのエピソードを通じて読者に伝えています。 他方で著者は、そうした中野との関係を記すことにともなって生じる心のもつれを、著者自身のもとに引きとることで、この問題に解決をつけようとしているようにも感じられます。たとえば、戦後まもないころに中野が、新日本文学界の発起人に著者をくわえようとしたことについて、三十年後にあらためて著者と語ったときのエピソードが紹介されています。そこで著者は、「私には、中野の今そのことを云う心情が、しかもいつになく明かすように云うのが珍しいことにおもえ、私はそれを自分に引きつけて感じ取っていた」と語ることで、中野と著者とのあいだに存在している関係の複雑さを、著者自身のうちに引きとることで解消しようとしているようにも感じられます。 読者としては、このような著者の書きかたにどこかはぐらかされたような印象もいだいてしまうのですが、本作が中野に対する一種の弔辞だとするならば、こうした著者の書きかたには著者の倫理観のようなものが現われ出ているのかもしれないとも思います。
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中野重治も佐多稲子も共に未読で、この手記で初めて触れる人々なのだが、そんな事とは関係なく心動かされる回想記である。 共産党にまつわる複雑な人間関係を横糸としながら、驢馬の会という彼ら彼女らの青春期の文学グループ、特に筆者が中野に見いだされたという文学上の関わりを主軸として、様々な...
中野重治も佐多稲子も共に未読で、この手記で初めて触れる人々なのだが、そんな事とは関係なく心動かされる回想記である。 共産党にまつわる複雑な人間関係を横糸としながら、驢馬の会という彼ら彼女らの青春期の文学グループ、特に筆者が中野に見いだされたという文学上の関わりを主軸として、様々な場所を巡る記憶や折に触れた一言などを丹念に思い起こし筆を運ばせていく様が読み手にもぐいぐいと迫ってくる。
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