黒い言葉の空間 の商品レビュー
江戸期最高の自然哲学者と言われる三浦梅園の生涯と思想についての書。自然哲学とは、例えばアリストテレスがやったような自然を体系的に説明する考察のことで、東アジアの場合は「気の哲学」中心だった。この本も気の哲学の中心概念、陰陽五行説の解説から始まる。 ただ厳密さを好む梅園は、のちに五...
江戸期最高の自然哲学者と言われる三浦梅園の生涯と思想についての書。自然哲学とは、例えばアリストテレスがやったような自然を体系的に説明する考察のことで、東アジアの場合は「気の哲学」中心だった。この本も気の哲学の中心概念、陰陽五行説の解説から始まる。 ただ厳密さを好む梅園は、のちに五行説を否定し、新たに二分法原理のみに基づいた体系を再構築していく。彼は『易経』の宇宙生成論的図式から時間の要素を完全に捨て、存在論と認識論を統一した。それによって二分法的思考の原理を純粋に取り出すことをに成功し、厳密な適用が可能になった。つまり、思考法としての陰陽原理は、江戸時代の梅園により完成された。 彼の著書には170以上の円形のシンメトリカルな図形が提示されているが、これはこうした厳密な、現代数学で言えば群論的思考法による二分法的思考により、球対称としての世界をモデル化かしたものだったようだ。 独創性とその思想の完成度という点からは高い評価が定まっている梅園だが、現代の日本人からその人生を見ると何か苦しくなってくるのは、生まれてきたのが早すぎたのと同時に遅すぎた人でもあったからだろう。彼が生きた時代の日本語には、彼が自己の思想を語るには極めて不十分、不正確な言葉しか無く、彼は大変な労力をもってそれを独力で整備した。ただ、彼がもう少し、あと20年も遅く活動していたら、後続の多くの蘭学の徒と共同で、同じことをはるかに楽に出来ただろう。 どうしても、早く生まれすぎたために時代の恩恵を利用できず、遅く生まれすぎたためにその思想が活用されず終いだった思想家という風に見えてしまう。
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