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ベルリン空輸回廊 の商品レビュー

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2019/10/21

1951年発表、冒険小説界の雄イネスの力作。安定した評価を得ている作家だが、代表作が定まらない〝不遇〟さもあって、比較的地味な存在に甘んじている。本作も知名度は低いものの、プロットが意外性に満ちており、中盤までは抜群に面白い。残念ながら、終盤では失速気味となるが、バランスに配慮し...

1951年発表、冒険小説界の雄イネスの力作。安定した評価を得ている作家だが、代表作が定まらない〝不遇〟さもあって、比較的地味な存在に甘んじている。本作も知名度は低いものの、プロットが意外性に満ちており、中盤までは抜群に面白い。残念ながら、終盤では失速気味となるが、バランスに配慮した全10章の構成は練られており、イネスの職人技を堪能できる。 第二次大戦終結後、英米仏ソ4カ国によって分割占領されたドイツ。西側諸国は、ソ連の封鎖によって陸の孤島と化した西ベルリンへの生活物資空輸を計画、実行に移す。軍主体ではあったが、民間の航空会社も参入していた。訳者後書きによれば、空輸は1年以上にわたり、飛行回数延べ28万回、運ばれた物資は総計211万トンに上ったという。以上が、物語の背景となる。 元英国空軍少佐ニール・フレイザーは、退役後は職が無く、非合法の密輸に関わっていた。遂には英国内で勾留されたが、隙を突いて脱走、逃げ場を求めて辿り着いた先が、メンベリー飛行場だった。そこには、ベルリン空輸への参入を目指す男たちがいた。フレイザーと同じく元パイロット/技術者のビル・セイトンとタビー・カーター。彼らは、低燃費と高出力を備えた画期的なエンジンの開発に取り組んでいた。 持ち前の腕を見込まれたフレイザーは仲間に加わるが、間もなくセイトンの裏の顔を知ることになる。実は新型エンジンの基本設計とプロトタイプは、収容所で死んだドイツ人のものだった。その娘であり共同開発者でもあったエルゼ・ランゲンは、父親の夢を叶えるべく英国へと渡り、セイトンに声を掛けた。だが、借金まみれのセイトンはエルゼを裏切り、自分の特許として申請し、一攫千金を狙っていたのだった。追われる身であるフレイザーは為すすべもない。やがてエンジンは完成し、テスト飛行となる。 ここまでが序盤となる。そして、ここからベルリン空輸にまつわる壮大な冒険行が活写されるのだろうという予想は見事に外れる。つまり、新型エンジンに取り憑かれたセイトンの狂気と、それに振り回される主人公フレイザーやカーターらの確執を主軸とした人間ドラマが展開するのである。 試作機は快調に空を飛ぶが、車輪故障で胴体着陸を余儀なくされる。彼らにとって唯一の機体は無残にも破壊された。エンジンだけは無傷で残る。セイトンは、まだ諦めてはいなかった。 ベルリン空輸で金儲けをすることに異常なまでの執念を燃やすセイトンは、別の航空会社へと移ったカーターを騙して輸送機を盗む計画を練る。ソ連占領地区で墜落したかのように擬装、そのままメンベリーへと飛び、新型エンジンを取り付けて、自機として華々しく披露するのである。逃走犯であることを密告するとセイトンに脅されたフレイザーは、やむなく強奪を実行に移すが、達成目前でカーターが企みに気付き、事態は後戻り出来ない末路へと流れていく。 本作が冒険小説として異色なのは、主人公が決して清廉で誇り高い人格者ではなく、汚い仕事もいとわない、したたかな男だということだ。一旦は自らの保身を優先し、仲間を裏切る。罪悪感に苛まれ、ようやく反旗を翻すが時すでに遅し。全てが後手に回り、自らが招いたトラブルの代償を支払うこととなる。活劇小説というよりも、クライムノベルに近い感触。野望を抱くセイトンの鋼の如き造形は、完全に主人公を喰っている。 筆致は情感豊かで、自然描写は流石だ。ただ、文章が端正過ぎて、熱量が抑えられてしまっているとも感じた。クライマックスでの淡白さも、荒唐無稽なケレン味よりもリアリティを重視するイネスの持ち味なのだろう。未読作品はたっぷりとあり、本領に関わる総体的な評価は、取り敢えず保留としておきたい。

Posted byブクログ