- 中古
- 店舗受取可
- 書籍
- 書籍
- 1216-03-02
弥生人はどこから来たのか 最新科学が解明する先史日本 歴史文化ライブラリー587
定価 ¥1,870
1,375円 定価より495円(26%)おトク
獲得ポイント12P
在庫あり
発送時期 1~5日以内に発送
店舗受取サービス対応商品【送料無料】
店舗到着予定:10/27(火)~11/1(日)
店舗受取サービス対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
店舗到着予定
10/27(火)~11/1(日)
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 吉川弘文館 |
| 発売年月日 | 2024/02/21 |
| JAN | 9784642059879 |

店舗受取サービス
対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる
店舗到着予定
10/27(火)~11/1(日)
- 書籍
- 書籍
弥生人はどこから来たのか
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
弥生人はどこから来たのか
¥1,375
在庫あり
商品レビュー
4.5
3件のお客様レビュー
最新の科学技術と考古学が融合し、弥生時代の実像に迫る内容が魅力的な一冊です。自然科学の成果を用いた古気候分析やゲノム解析により、弥生時代の始まりが従来の理解よりも早い紀元前10世紀にさかのぼることが明らかになっています。また、当時の住民のDNAが現代の日本人と大きく変わらず、しかも多様性に富んでいたことが示されています。移住してきた集団と在地の人々がどのように交わっていたのか、文化的な側面にも焦点を当てており、弥生時代の特質を新たな視点から考察しています。研究成果が集約されたこの本は、弥生時代に対する理解を深めるための貴重な資料です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
【電子ブック 閲覧はこちら】 https://elib.maruzen.co.jp/elib/html/BookDetail/Id/3000163862 ※学外から閲覧する場合は、事前登録が必要です。 https://www.keiho-u.ac.jp/library/sea...
【電子ブック 閲覧はこちら】 https://elib.maruzen.co.jp/elib/html/BookDetail/Id/3000163862 ※学外から閲覧する場合は、事前登録が必要です。 https://www.keiho-u.ac.jp/library/search/f2i33k0000000weg-att/eBook_gakugai.pdf
Posted by 
自然科学の最新成果と考古学の協同による、古気候分析やゲノム解析、水田稲作開始時期の探求結果を元に、文化的側面の質的転換を考慮することで弥生時代の特質に迫る内容が興味深かった。
Posted by 
藤尾慎一郎「弥生人はどこから来たのか」(吉川弘文館) 著者をはじめとする国立歴史民俗博物館の研究グループは、C14同位体解析により弥生時代の初めが当時の通説を500年上回る前10世紀に遡るという発表を2003年に行った。批判もあったが年輪の酸素同位体解析などの傍証もあり、ほぼ定説...
藤尾慎一郎「弥生人はどこから来たのか」(吉川弘文館) 著者をはじめとする国立歴史民俗博物館の研究グループは、C14同位体解析により弥生時代の初めが当時の通説を500年上回る前10世紀に遡るという発表を2003年に行った。批判もあったが年輪の酸素同位体解析などの傍証もあり、ほぼ定説になった。年輪の解析では適切な資料さえあればピンポイントで年まで確定できる。これらを合わせれば弥生土器の各様式が何年に始まり何年まで続くかも言えるようになった。また酸素同位体解析や花粉の分析では古代の気象や環境も分かるようになった。DNA解析技術による血縁の遠近関係もわかるようになった。従来は穀物栽培の歴史についてプラントオパールの分析が行われていたが、これは後世のコンタミが避けがたかった。シリコーンを用いる土器の圧痕レプリカ法でより確実な事実が解明できるようになった。これらの新しい分析法を前提として、本書では縄文から弥生への転換や弥生時代内での生産技術の変遷を説明している。 ・前11世紀:西日本の突帯文土器の分布する遺跡で、韓半島東南部の影響を受けた土器や石包丁が出土し、その中にイネの圧痕が島根で発見された。また福岡ではアワの圧痕が見つかっている。ただしこれらの遺跡で土器様式に変化はなく、採集狩猟社会が揺らいでいるとは見えない。縄文社会の「網羅的生業構造」の中に栽培が取り込まれたのだろう。 ・前10-8世紀:前10世紀後半に玄界灘沿岸地域で灌漑式水田耕作が始まる。当地域では韓半島南部の後期青銅器文化人が渡来し、その「選択的生業構造」のもとで灌漑式水田稲作を行った。一方で採集狩猟に栽培を加える「網羅的生業構造」も中国四国から関東にかけて広範囲に広がった。「選択的生業構造」のもとでは前9世紀後半には環濠集落が出現して戦いも始まり、墓に副葬品を添えるなど階層差も生じているので社会に質的変化が生じていることは間違いない。そして前8世紀には弥生独自の稲作民の土器である板付1式土器が出現する。一方で採集狩猟+栽培の「網羅的生業構造」の社会では縄文晩期の伝統が祭祀的側面も含めて受け継がれていく。 ・前7世紀:西日本の多くの地域で水稲栽培が始まった。大阪府の讃良郡条里遺跡で採集狩猟民の長原式土器と水稲栽培民の遠賀川系土器が同時期に存在することが分かり、両者の共存が認められた。前者では土器の圧痕中のアワが9割、後者ではイネが9割であった。他の地方でも同様の例が見られた。水田栽培民の社会では青銅器の破片を加工した銅鏃なども見られる。一方で採集狩猟民の社会では土偶や石棒を用いる祭祀が継続していた。長野・生仁遺跡から出土した採集狩猟民の人骨の同位体分析からはアワやヒエなどのC4植物を少量食べていたことが確認されたが寄与率は低く、主食とはなっていないと思われる。 ・前6世紀:伊勢湾沿岸地域では尾張で灌漑式水田稲作が行われ、三河では在来の採集狩猟民がアワやキビを栽培していた。前5世紀に入ると水田稲作民の村で折衷系土器があらわれたり土偶や石棒も出土したりする。水田稲作民に在地的な要素がみられる背景に在来の採集狩猟民との混血も想定される。 ・前4世紀:神奈川の中屋敷遺跡でアワ・キビを栽培する農耕の中に水田でのイネの栽培を交えるような村があらわれ、そこでは土器も縄文的なものから弥生的なものに徐々に変質していった。北東北の津軽・砂沢遺跡では、アワ・ヒエなどの栽培を経ることなくいきなり水田稲作が始まったが、道具類は縄文晩期のものを使用し、土偶祭祀も継続していた。一方で玄海灘沿岸地域には鋳造鉄器が出現する。また九州北部には銅剣・銅鉾・銅戈を象徴とする朝鮮式青銅器文化三期の青銅武器が、近畿にも銅鐸を象徴とする文化が出現する。ただし鉄器が本格的に使われるには前2世紀の鍛造鉄器の導入を待つ必要がある。 これまでの核ゲノムの解析からは初期の水田稲作民は、韓半島東南部民と同じ遺伝子を持って九州北部で稲作を行い、近畿・東海に進出する過程でもその遺伝子を維持したと考えられる。一方で採集狩猟民は栽培を始めてからも従来の縄文人の遺伝子が維持されたようだ。前6世紀以降に文化の折衷が起きるとともに混血も始まったようだが、これまでのところ「征服者である水田稲作民の男子が被征服者の採集狩猟民の女子に子を産ませた」とは言えない。むしろ採集狩猟民の父と水田稲作民の母から生まれたと思われる遺伝子タイプの方が多く出現している。詳細の解明には、より多くの初期弥生人のゲノム解析が必要である。
Posted by 