熟柿 の商品レビュー
轢き逃げ事件で懲役中に出産した息子と生き別れた女性の半生。自分から遠い存在なのに、こんなに胸を締め付けられるのはなんでだろう。現時点で今年のベスト。
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読んでいる途中、『もしかしてこんな結末になるかもしれない』とひとつの映像が思い浮かんで、でも決してそんな安易な結末だけは見たくないな、と心の中で願っている自分がいました。私の浅はかな想像はありがたいことに簡単に裏切られ、物語は安易さなんて微塵も感じられないラストを迎えます。容赦...
読んでいる途中、『もしかしてこんな結末になるかもしれない』とひとつの映像が思い浮かんで、でも決してそんな安易な結末だけは見たくないな、と心の中で願っている自分がいました。私の浅はかな想像はありがたいことに簡単に裏切られ、物語は安易さなんて微塵も感じられないラストを迎えます。容赦のない『真相』を経て、それでもひとすじの光が描かれ、しみじみと「本当に良い作品だなぁ」と美しい余韻が残ります。 ひとりの罪を犯してしまった女性が、これから歩んでいく道、とは。(犯してしまった『罪』に限らず)彼女は作中、ときおり軽率な行動に出てしまうのですが、それは私も含めて多くのひとにとって、決して他人事にできるものではない、とそんなふうに思ってしまいました。なかなかつらい場面もあったのですが、物語の未来に想いを馳せたくなる作品でした。『身の上話』や『月の満ち欠け』とか著者の別作品よりも(どっちが良いか悪いかは別として)かなりストレートな作品なので、広範のひとにとって親しみやすい作品じゃないかなぁ、と思いました。
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あらすじや序盤から予想していた激重ストーリーとはすこし違っていた。淡々と月日が過ぎて、淡々と物語が進んでいったからなのか。登場人物をすきにもきらいにもならないまま読み終わったけれど、それでよかったというか、ちょっとほっとした。感情移入なんかしていたら、読んでいるあいだしんどかった...
あらすじや序盤から予想していた激重ストーリーとはすこし違っていた。淡々と月日が過ぎて、淡々と物語が進んでいったからなのか。登場人物をすきにもきらいにもならないまま読み終わったけれど、それでよかったというか、ちょっとほっとした。感情移入なんかしていたら、読んでいるあいだしんどかったと思うから。行動のほとんどが裏目に出る主人公。たびたび感情が先行して冷静さをうしなうものだから負の連鎖が起こるし、けれども真面目に生きていることだけは確かな事実だった。耐える時間…柿が熟れるまでの時間が長かったね。 圧倒的に白くシンプルな装丁も、物語によく似合っている気がした。見返しもしおりも、熟れた柿のような色というセンスの良さ。こだわりが見える装丁で、物語と関係なくテンションあがりました。
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するすると頭に入っていく文体。最初にがっつり心掴まれて、吸い込まれるように最後まで読んだ。良い読書だった。
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※このレビューにはネタバレを含みます
佐藤正午さんの小説を読むのは久しぶりです。 佐藤正午さんの小説はわかりにくいと思っていましたが、これはとてもわかりやすかったです。 以下ネタバレの前半のストーリーと感想です。 これから読まれる方はお気をつけください。 大伯母の晴子の葬儀の日の帰り道27歳のかおりは妊娠中でしたが助手席に夫を乗せて車を運転中におばあさんを轢いたまま車を降りずひき逃げをしてしまいます。 警察官だった夫の徹也は辞職をせまられ、かおりも栃木の刑務所で2年半の懲役を受けます。 服役期間にかおりは男の子を出産しますが、夫とは離婚し、元夫に「母親が犯罪者の子供と母親に死なれた子供 とどっちがより不幸か考えてみろ」と言われ息子の拓とは産んだきり、一度も会わせてもらえませんでした。 小学校入学式の日、かおりはひそかに小学校へ息子の顔を見に行くのですが、親切な久住呂百合と咲ちゃん親子に助けられます。「拓くんの入学式が台無しなったら大変だから今日はあきらめて、またいつか」と言われますがいつかは来ないうちにかおりは自分の過去を隠して各地を転々としながら16年間、拓のことを想いながら働き続けます。 ある日、音信不通だった元夫がかおりを訪ねてきて、「拓に『真実告知』をしたい。今の母親と自分も同席の上で」と言ってきますが…。 このかおりと徹也の元夫婦って一体どんななれそめで、結婚したのかと思うほど、夫がかおりに冷たいと思いました。かおりの罪は人を殺しているのだから重いと思いますが、自分の家族なら懲役を終わるのを待ってあげるという選択肢はなかったのかと思います。 最後に真実は明かされるのですが。 そしてラストにもやっぱり出てくるのではと思ったワード熟柿(じゅくし)。かおりを想ってくれる仕事仲間の土居さんが口に出します。 一度は夫婦だった二人の女性ばかりが辛かったこの作品ですが、最後にはかおりにも陽ざしが差し込んできます。 今まで苦労した分かおりも幸せになれるといいと思いました。
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晴子伯母の葬儀の後、親戚の話のなかで熟柿が好物だったことを聞いたのがずっと頭の片隅に残っていたからではないはずだ…酔った夫を助手席に乗せての帰り道、友だちからの電話に出てしまい、おまけに激しい雨で前が見えなかったのは言い訳かもしれない。柿を抱えている老婆は伯母なのか⁈ その判断が...
晴子伯母の葬儀の後、親戚の話のなかで熟柿が好物だったことを聞いたのがずっと頭の片隅に残っていたからではないはずだ…酔った夫を助手席に乗せての帰り道、友だちからの電話に出てしまい、おまけに激しい雨で前が見えなかったのは言い訳かもしれない。柿を抱えている老婆は伯母なのか⁈ その判断が間違っていたのか… 一瞬にして暗闇に突き落とされたような未来の見えない生活を送ることになる。 何もしてないはずなのに息子の顔を見ようとするだけでパトカーがくる。 会いたいのに会えず、ただいつか会えたら、会えなくとも生命保険の受取人にして働こうとするが…。 読んでいてイライラする、とてももどかしい気持ちになったのだが、これも熟柿に当て嵌めてみれば『熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと』なのだろうかと。
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昨年1月に出版された『冬に子供が生まれる』から1年ちょっと。ずいぶんペースが早いなと思ったら、2011年頃に冒頭だけ書いていた原稿を書き直し、2016年から1年に1度の連載を経て刊行された作品らしい。つまり連載開始からでも8年かかっているわけだ。 2008年から始まり2025年ま...
昨年1月に出版された『冬に子供が生まれる』から1年ちょっと。ずいぶんペースが早いなと思ったら、2011年頃に冒頭だけ書いていた原稿を書き直し、2016年から1年に1度の連載を経て刊行された作品らしい。つまり連載開始からでも8年かかっているわけだ。 2008年から始まり2025年まで続く物語は、主人公かおりの流転の日々を丁寧に描いた作品だ。あまりにも不器用な彼女にもどかしさも覚えるが、そんな心理状態に追い込まれてしまった人間の生きづらさやかすかな希望が胸を打つ。 佐藤さんにしては珍しくド直球の小説だった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
十ヵ月間自分の身体の中で育んで、そして死ぬほどの痛みをこえて産んだ息子と離れ離れで生きてきた母親が、成長していく我が子に一目会いたい、一言で良いから言葉を交わしたい、と思うことがこれほど赦されないなんて。 雨の日に起こしたひき逃げ事件。助手席には泥酔して眠る警察官の夫。 なぜ、あのとき、逃げてしまったのか。なぜ助けなかったのか。 その後悔にどれだけ苛まれたことか。 獄中での出産。とうぜん子どもとは引き離される。刑期を終えたかおりにつきつけられたのは子どものために離婚してくれという夫の願い。 殺人犯の子どもとして育つ不幸より、母親のいない不幸の方がましだ、という。 普段は遠く離れて暮らしていたとしても、入園、入学、その節目節目には遠くからでいいから顔が見たい、そばで祝いたいと願うことが、そんなにいけないことなのか。 何もかもが裏目裏目に出ていく。その度に、子どもから遠く遠くへと離れていってしまう。 ひとりで働いて、1人で生きていく人生。その中での唯一の希望が、子どもとの再会。 かおりの人生に伴走していく。苦しくて悲しくて切なくて。それでもいつかきっとという思いで心の中でかおりの背に手を当てる。 人から後ろ指をさされる人生。罪を償ったとはいえ消せない過去がつきまとう。見放され突き放され騙され、それでも必死に生きているかおりにも心の支えとなる人がいる。その存在が読者にとっても光となる。 見て見ぬ振りできない、とフラットな視線でつかずはなれずいてくれる息子の同級生の母親。そしてかおりを支えてくれようとする人。 心に深く穿たれた穴。えぐり取られ血を流しながらも折れない心。そして隠されていた真実。 熟柿というタイトル、装丁、そして物語。 すべてが自分の中で深く深く根を張った。 読み終わった後、しばらく何も考えられなかった。茫然と表紙を眺めつづけた。しばらく他の物語を読みたくない、と思った。 深く穿たれた心の穴が、少しずつ埋まっていく。いつかきっと、という希望が痛みを撫ぜていく。 自分にも起こりえた罪。自分にもあり得た人生。私とかおりの物語だと思った。
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