脳科学で解く心の病 の商品レビュー
私たちの意識や感情、そして時には苦しみの源となる「心」とは、いったい何なのでしょうか?ノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カンデル博士の『脳の中の自分』は、この古くて新しい問いに、最新の脳科学の視点から光を当てる画期的な一冊です。 特に印象的なのは、著者が精神疾患や発達障害...
私たちの意識や感情、そして時には苦しみの源となる「心」とは、いったい何なのでしょうか?ノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カンデル博士の『脳の中の自分』は、この古くて新しい問いに、最新の脳科学の視点から光を当てる画期的な一冊です。 特に印象的なのは、著者が精神疾患や発達障害を、「脳の特定の回路の変調」として説明する方法です。例えば、統合失調症の患者さんが体験する幻聴。これは単なる「気のせい」ではなく、聴覚野という脳の特定の領域で、ドーパミンという神経伝達物質のバランスが崩れることで起こる現象なのだと、著者は説明します。このような説明は、精神疾患に対する偏見を解き、より科学的な理解を促してくれます。 本書の特徴は、複雑な脳の仕組みを、身近な例を使って分かりやすく説明するところにあります。例えば、自閉スペクトラム症について説明する際、著者はこんな比喩を用います:私たちの脳は、巨大なオーケストラのようなもの。通常、様々な脳領域が協調して「演奏」することで、スムーズな社会的コミュニケーションが可能になります。自閉スペクトラム症の人々の場合、この「オーケストラ」の特定のパートが他とは異なるリズムで演奏することで、独特の認知や行動のパターンが生まれるのだと。 さらに興味深いのは、記憶と感情の関係についての解説です。例えば、PTSDの症状が なぜ引き起こされるのか。著者によれば、恐怖の記憶を司る扁桃体という部位と、その記憶を適切にコントロールする前頭前野との間のバランスが崩れることで、トラウマ記憶が適切に処理されなくなるのだそうです。この知見は、心的外傷の治療に新しい可能性を開くものです。 特に注目すべきは、「可塑性」という概念についての議論です。かつては「成人の脳は変化しない」と考えられていましたが、最新の研究では、私たちの脳は生涯にわたって変化し続けることが分かってきました。例えば、うつ病の治療において、認知行動療法が効果を示すのは、この脳の可塑性を利用しているからだと著者は説明します。 本書は、精神疾患や発達障害を「異常」や「欠陥」としてではなく、脳の働き方の違いという観点から理解することを提案します。例えば、ADHDの特徴である注意の移り変わりの速さは、創造的な思考や問題解決に有利に働くことがあるといいます。このような視点は、多様性を認め合う社会の実現に向けた重要な示唆を与えてくれます。 医学書や科学書というと難しそうに感じるかもしれません。しかし、この本は違います。ノーベル賞科学者である著者が、まるで優しい導き手のように、複雑な脳の仕組みをひとつひとつ丁寧に解き明かしていきます。「なぜ人は不安を感じるのか」「どうして記憶は感情と結びつくのか」といった根源的な問いに、最新の科学的知見をもとに答えてくれます。 この本を読めば、自分自身や周りの人々の心の動きを、より深く理解できるようになるはずです。精神医療の専門家はもちろん、心理学に興味がある人、自分や大切な人の心の健康について考えたい人にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
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THE DISORDERED MIND WHAT UNUSUAL BRAINS TELL US ABOUT OURSELVES 【目次】 まえがき 第1章 脳障害からわかる人類の本質 脳神経科学と精神医学のパイオニア ニューロン──脳の構成要素 ニューロンの秘密の言語 精神...
THE DISORDERED MIND WHAT UNUSUAL BRAINS TELL US ABOUT OURSELVES 【目次】 まえがき 第1章 脳障害からわかる人類の本質 脳神経科学と精神医学のパイオニア ニューロン──脳の構成要素 ニューロンの秘密の言語 精神医学と脳神経科学の隔たり 脳障害に対する現代の研究手法 遺伝学 脳イメージング モデル動物 精神障害と神経障害の隔たりを埋める 第2章 人類のもつ強力な社会性──自閉スペクトラム症 自閉スペクトラム症と社会脳 社会脳の神経回路網 自閉スペクトラム症の発見 自閉スペクトラム症とともに生きる 自閉スペクトラム症における遺伝子の役割 コピー数の変異 デノボ変異 突然変異の標的となる神経回路 モデル動物からわかる遺伝子と社会的行動の関係 今後の展望 第3章 感情と自己の統一感──うつ病と双極性障害 感情、気分、自己 気分障害と現代精神医学の起源 うつ病 うつ病とストレス うつ病に関与する神経回路 思考と感情の断絶 うつ病の治療 薬物療法 精神療法──話す治療 薬物療法と精神療法の組み合わせ 脳刺激療法 双極性障害 双極性障害の治療 気分障害と創造性 気分障害の遺伝学 今後の展望 第4章 思考、決断、実行する能力──統合失調症 統合失調症の主な症状 統合失調症の歴史 統合失調症の治療 生物学的治療法 早期介入 素因となりうる解剖学的異常 統合失調症の遺伝学 欠失した遺伝子 過剰なシナプス刈り込みを引き起こす遺伝子 統合失調症における認知症状のモデル 今後の展望 第5章 自己の貯蔵庫である記憶──認知症 記憶の探求 記憶とシナプス接続の強度 加齢と記憶 アルツハイマー病 アルツハイマー病におけるたんぱく質の役割 アルツハイマー病の遺伝学的研究 アルツハイマー病のリスク因子 前頭側頭型認知症 前頭側頭型認知症の遺伝学的研究 今後の展望 第6章 生来の創造性──脳障害と芸術 創造性の展望──〈芸術家〉 〈鑑賞者〉 創造的なプロセス 創造性の生物学的基盤 統合失調症の人の芸術 プリンツホルン・コレクションの統合失調症の名匠たち サイコティック・アートの特徴 サイコティック・アートが現代美術にもたらした影響 他の脳障害と創造性 自閉スペクトラム症と創造性 アルツハイマー病の人の創造性 前頭側頭型認知症の人の創造性 生まれながらに備わっている創造性 今後の展望 第7章 運動──パーキンソン病とハンチントン病 運動系の驚異的な技能 パーキンソン病 ハンチントン病 たんぱく質折りたたみ異常に起因する疾患の共通点 たんぱく質の異常な折りたたみに関与する遺伝子研究 今後の展望 第8章 意識と無意識の感情の相互作用──不安、PTSD、不適切な意思決定 感情の生物学的基盤 感情の解剖学 恐怖 恐怖の古典的条件づけ 不安障害 不安障害の治療 意思決定における感情の役割 倫理的な意思決定 サイコパスの生物学的基盤 今後の展望 第9章 快楽の原理と選択の自由──依存症 快楽の生物学的基盤 依存症の生物学的基盤 依存症の研究 他の依存症 依存症の治療 今後の展望 第10章 脳の性分化と性自認 解剖学的な性 ジェンダーに特異的な行動 ヒトの脳における性的二型 性自認 トランスジェンダーの子どもや思春期の若者 今後の展望 第11章 今も残る脳の大いなる謎──意識 心についてのフロイトの考察 意識についての認知心理学的考察 意識の生物学的基盤 グローバル・ワークスペース 相互関連か因果関係か? 意識の生物学的基盤に関する総合的な展望 意思決定 精神分析と新しい心の生物学 今後の展望 むすびの言葉──一巡してまた初心にかえる 謝辞 訳者あとがき
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アプローチとして「心の病」の原因を脳科学の知見からほどいていこうというもので、「脳」ではなく「病」の側に関心がある人にも読みやすいと思う。自分は「脳」側に興味があるタイプだが、これまでいくつかの本で読んできたトピックが「病」の側から結びつけられて、上手にまとめられていると思う。訳...
アプローチとして「心の病」の原因を脳科学の知見からほどいていこうというもので、「脳」ではなく「病」の側に関心がある人にも読みやすいと思う。自分は「脳」側に興味があるタイプだが、これまでいくつかの本で読んできたトピックが「病」の側から結びつけられて、上手にまとめられていると思う。訳文は読みやすく、図版も豊富。病だけではなく、「脳の性分化と性自認」のようにジェンダーを扱っているところもあり、最後の章では「意識」の役割に触れている。
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【目次】 第1章 脳障害からわかる人類の本質 脳神経科学と精神医学のパイオニア ニューロン──脳の構成要素 ニューロンの秘密の言語 精神医学と脳神経科学の隔たり 脳障害に対する現代の研究手法 遺伝学 脳イメージング モデル動物 精神障害と神経障害の隔たりを埋める 第2章 人類の...
【目次】 第1章 脳障害からわかる人類の本質 脳神経科学と精神医学のパイオニア ニューロン──脳の構成要素 ニューロンの秘密の言語 精神医学と脳神経科学の隔たり 脳障害に対する現代の研究手法 遺伝学 脳イメージング モデル動物 精神障害と神経障害の隔たりを埋める 第2章 人類のもつ強力な社会性──自閉スペクトラム症 自閉スペクトラム症と社会脳 社会脳の神経回路網 自閉スペクトラム症の発見 自閉スペクトラム症とともに生きる 自閉スペクトラム症における遺伝子の役割 コピー数の変異 デノボ変異 突然変異の標的となる神経回路 モデル動物からわかる遺伝子と社会的行動の関係 今後の展望 第3章 感情と自己の統一感──うつ病と双極性障害 感情、気分、自己 気分障害と現代精神医学の起源 うつ病 うつ病とストレス うつ病に関与する神経回路 思考と感情の断絶 うつ病の治療 薬物療法 精神療法──話す治療 薬物療法と精神療法の組み合わせ 脳刺激療法 双極性障害 双極性障害の治療 気分障害と創造性 気分障害の遺伝学 今後の展望 第4章 思考、決断、実行する能力──統合失調症 統合失調症の主な症状 統合失調症の歴史 統合失調症の治療 生物学的治療法 早期介入 素因となりうる解剖学的異常 統合失調症の遺伝学 欠失した遺伝子 過剰なシナプス刈り込みを引き起こす遺伝子 統合失調症における認知症状のモデル 今後の展望 第5章 自己の貯蔵庫である記憶──認知症 記憶の探求 記憶とシナプス接続の強度 加齢と記憶 アルツハイマー病 アルツハイマー病におけるたんぱく質の役割 アルツハイマー病の遺伝学的研究 アルツハイマー病のリスク因子 前頭側頭型認知症 前頭側頭型認知症の遺伝学的研究 今後の展望 第6章 生来の創造性──脳障害と芸術 創造性の展望──〈芸術家〉 〈鑑賞者〉 創造的なプロセス 創造性の生物学的基盤 統合失調症の人の芸術 プリンツホルン・コレクションの統合失調症の名匠たち サイコティック・アートの特徴 サイコティック・アートが現代美術にもたらした影響 他の脳障害と創造性 自閉スペクトラム症と創造性 アルツハイマー病の人の創造性 前頭側頭型認知症の人の創造性 生まれながらに備わっている創造性 今後の展望 第7章 運動──パーキンソン病とハンチントン病 運動系の驚異的な技能 パーキンソン病 ハンチントン病 たんぱく質折りたたみ異常に起因する疾患の共通点 たんぱく質の異常な折りたたみに関与する遺伝子研究 今後の展望 第8章 意識と無意識の感情の相互作用──不安、PTSD、不適切な意思決定 感情の生物学的基盤 感情の解剖学 恐怖 恐怖の古典的条件づけ 不安障害 不安障害の治療 意思決定における感情の役割 倫理的な意思決定 サイコパスの生物学的基盤 今後の展望 第9章 快楽の原理と選択の自由──依存症 快楽の生物学的基盤 依存症の生物学的基盤 依存症の研究 他の依存症 依存症の治療 今後の展望 第10章 脳の性分化と性自認 解剖学的な性 ジェンダーに特異的な行動 ヒトの脳における性的二型 性自認 トランスジェンダーの子どもや思春期の若者 今後の展望 第11章 今も残る脳の大いなる謎──意識 心についてのフロイトの考察 意識についての認知心理学的考察 意識の生物学的基盤 グローバル・ワークスペース 相互関連か因果関係か? 意識の生物学的基盤に関する総合的な展望 意思決定 精神分析と新しい心の生物学 今後の展望 むすびの言葉──一巡してまた初心にかえる
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