ともぐい の商品レビュー
読みたくてたまらなかった本がやっと読めた。北海道出身の女性作家が買いた熊撃ち猟師の物語にして、直木賞受賞作品。熊撃ち猟師以外の何も人生において知らぬ男。戦前の道東は白糠の山中で熊を撃ち、白糠漁港に大店を構える常客としかほぼ対人交流をしない孤独な男。そんな主人公はどこにでもいそう...
読みたくてたまらなかった本がやっと読めた。北海道出身の女性作家が買いた熊撃ち猟師の物語にして、直木賞受賞作品。熊撃ち猟師以外の何も人生において知らぬ男。戦前の道東は白糠の山中で熊を撃ち、白糠漁港に大店を構える常客としかほぼ対人交流をしない孤独な男。そんな主人公はどこにでもいそうだが、今は絶対にいそうにないし、当時だってここまで孤高の人生を貫く人間は多かったとは言い難いのではないかな。 ぼくはヘミングウェイを思い出した。『老人と海』を。もちろん本書『ともぐい』の主人公は老人でもなければ舞台は海でもないけれど、動物と人間との闘いという極度に個対個という一対一の世界で人生のほとんどの時間を送る人間の存在が、とても似ているように思う。国も生きる背景となる自然さえも異なるけれど、人間の孤独を支える狩猟という時間が、地球の各所では、かつて多く営まれていたに違いない。 山の中や海の上に一人ぼっちでいるときに、人はどんな風になるのだろうか? そんなシンプルな疑問にある回答を与えてくれる文学、というものがここにある。それはもちろん、人はなぜ生きるのか? という命題にも繋がる。熊撃ちの猟師が、熊と対峙し闘う孤独。そしてその孤独が敗れるとき、例えば若い女性や生まれてくる子供、といった家族ができるとき、これまでずっと山で独りで生きて来た男はどうなるのだろうか? 作者は女性であるが、狩猟の場面はワイルドこの上なく、荒々しく猛々しい。野生は容赦なく、血は赤く流れ、息は雪原に白く凍る。それでも呼吸をして生きてゆくように人も熊も森の中で闘う。原初的なその姿とその行く末、人間界のもたらす時代の変化はどう影響を与えてくるのか? 多くの命題をつきつけながら、作家はそれを文字にしてゆく。 物語は自然界で生きる人間が、社会というものの端っこに引っかかって、結局は戦争や時代の荒波に影響され、孤独であることから変貌してゆかねばならなくなったときに、どんな心情になるのかを描いて生々しい。社会環境の変化は、歴史に語られるように多くの民に影響をもたらす。人は独りでは生きられない、という命題と、人と人との絆という、現代の人間たちが失いかけているかもしれない何か、とを非情な両手で差し出されているような気がする作品であると思う。 かつてこうであったという単なる歴史小説ではないからこそ、人間という個体とそれを取り巻く野生、文明と三つ巴の均衡を、シンプルな男の半生を描くことで表現した作者の筆力以上に、この作品を書いた動機の方に強烈な興味が湧。作者の受賞時のインタビューをTVで観たものの、当時は本書を読んでいなかったので、今更ながら本書と組み合わせて、執筆の独自性と今後の方向性に浅からぬ好奇心をぼくは抱いている。
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初めてのマタギ小説。生々しいマタギの生活感を描写していて興味深かった。多分作者が伝えたいのはそれだけじゃないんだろうと思いながら、私の理解力、想像力では、それ以上のものは得られなかったのは残念。マタギの人が読めばまた思うところがあるのかな。
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2023年度下期直木賞受賞作。 難しい読書。 明治後期、日露戦争も見え隠れするような世の機運にも我関せず、北海道東部の山中で主人公の熊爪は生まれ持っての猟師生活を営む。 出来損ないの猟師が連れてきた、穴もたず(自分の寝ぐらを持たず冬眠しなかった熊)の不遜な立ち振る舞いのせいで、自身の猟場周辺が乱されていることに、半ば腹立ち紛れに仕留めようと狩りに立つ。 だが、辿り着いた先では力量でさらに上回る赤毛の熊が穴もたずを翻弄していた。 中途半端に手を出してしまった熊爪は怪我を負い、これまでの確固たる自身の生き様が揺らぐ。 屈強に、孤高の道を歩み、何も変えることなく、変わることを望まず、このままを貫き通すのが定めであるかのような熊爪の生活に突如訪れた惑い。 自分のしたいように出来ないもどかしさ。 山での猟師生活を続けるのか、町に下り炭鉱で働くことにするのか。 惑いを晴らすためにも今一度あの赤毛との対決を心に決める。 文章の濃密さ、向き合うもののテーマ性、熊爪の荒ぶりようが直木賞というより芥川賞よりの印象。 狂気すら孕んでくる終盤もさることながら途中途中の登場人物達の幕引きの真意・含意が掴みきれず悶々とする。 理屈ではなく感覚で読み通す類の物語のような気がする一冊。
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序盤がとてつもりなく面白かったが、良輔の家が堕ち始めて、熊爪の生き方も少しずつ変化してゆくのと一緒に、読む勢いが衰えてしまった。 物語に込められたパワーに読み手の勢いまで引き込まれて併される、これが正しいならばとんでもない技術だ。ブクログに読書記録をして17年、こんな本、今まで読...
序盤がとてつもりなく面白かったが、良輔の家が堕ち始めて、熊爪の生き方も少しずつ変化してゆくのと一緒に、読む勢いが衰えてしまった。 物語に込められたパワーに読み手の勢いまで引き込まれて併される、これが正しいならばとんでもない技術だ。ブクログに読書記録をして17年、こんな本、今まで読んだことないぞ:(;゙゚'ω゚'): 本書は熊撃ちの獣のような猟師が激しい闘いの中で己が人なのか獣なのか分からなくてなってゆく……話では全くなかった。 獣じゃぁない。剥き出しのヒューマニズムであった。帯に「熊文学」て書くな。全然違うじゃぁないか。 力の限り、思うように、思うがままに生きるとはこういうことだ。
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柚木裕子始め最近女性のハードボイルド作家が多く輩出してくる、男性作家はどちらかと言うとエログロになりがちだか、女性作家はハード&ハードだ。本作は熊撃ちの話であるとともに生命への執着を感じた、主人公熊爪は出生も分からぬ野生の男だが、熊との闘いに生命を燃やし、熊に勝利し盲の女陽子も略奪し子どもまでもうけるが、子どもを邪険にし子どもの生命の危険すら察した陽子は熊爪を殺す、逆らえば逆らえるはずだが熊爪はあっさりと死を受け容れる、人生の目標をなくした人間は死人も同然と言うことであろうか。
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ヒュッと口笛で鹿が頭を上げ 村田銃一発で仕留める 熊爪 白糠(しろぬか)の町 門矢商店 店主 井之上良輔 に獲物や山菜を納める 笑いの種類を見分けられない 毎日何も変わらなければ、それでいい 白い服の少女 陽子(はるこ)さん 目が見えない 穴持たずの熊に襲われ目をやられ...
ヒュッと口笛で鹿が頭を上げ 村田銃一発で仕留める 熊爪 白糠(しろぬか)の町 門矢商店 店主 井之上良輔 に獲物や山菜を納める 笑いの種類を見分けられない 毎日何も変わらなければ、それでいい 白い服の少女 陽子(はるこ)さん 目が見えない 穴持たずの熊に襲われ目をやられた太一を助け、町に連れて行く 熊退治を店主に頼まれる 翌朝小屋に戻る 夜中に気配を感じると熊 逃げられる 穴持たずと若い赤毛の対決を見つける 熊爪は目が合った穴持たずに覆いかぶされ 沢の岩場で腰の骨と左足を痛める 穴持たずは赤毛が倒す 小屋までたどり着くが意識を失う 目を覚ますと医者と小僧 犬が助けを呼んだ 夏、杖を突きながら町に行く 気づくと布団の上 炭鉱で働くことを勧められる 小屋に戻り 決意する 赤毛を仕留める 古い銃で 殺されそうになるが死ななかった 犬は深い傷を 町に行く 店は変わってしまっている 妊婦の陽子をくれと良輔に頼み込む 陽子は片目は見えるが見えないことにしていた 小屋まで連れていく そして店主の子を産む 沼の穴 面倒臭い 居心地が悪い このまま死んじまえば・・ 子を殺そうとした 雄熊のように しかしやめる 殺さなければ死なないから・・・ 陽子に毒を仕込まれ 小刀を喉元に突き刺される 犬を逃がし ひとり残され 動物に食われ なくなっていく ともぐい
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明治時代に北海道の山中に住む男、熊爪。時代のうねりにも社会にも関心を示さず、生き物を捕らえて暮らす。最後は思わぬ死を迎えることになるけど、あの最後も「ともぐい」なのか?人間というより山奥深い山中に住む生き物として生きたかった彼にとって望まれる死だったんだろうか?熊爪に終わりをもた...
明治時代に北海道の山中に住む男、熊爪。時代のうねりにも社会にも関心を示さず、生き物を捕らえて暮らす。最後は思わぬ死を迎えることになるけど、あの最後も「ともぐい」なのか?人間というより山奥深い山中に住む生き物として生きたかった彼にとって望まれる死だったんだろうか?熊爪に終わりをもたらした陽子は喰った側なのだろうか?
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1日で読了。 山で生きる猟師の話だが、言葉少ない分五感が際立つ。彼や動物達の息づかいが聞こえてきそう。
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面白かった。 肉弾から2作目。 私の中では 河﨑さんの作品は 読み出すのに勇気が いるジャンル。 全部読み終わってタイトル ともぐいが合点できました。 読み出したら本の中に引き込まれ、 足掛け3日で読み終えました。 (読むのは遅いです)
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直木賞受賞作品・・相応しいというか言葉が出ない。 前半と後半の匂いが微妙に異なる。 明治後半という時代背景。とりわけ、偏狭、開拓の地ともいわれた北海道は夜も明けやらぬエリアの方が広かったであろう。 徐々に姿を現す「熊爪」という男。 出自定かでないとはいえ、社会、家族、教育などに触...
直木賞受賞作品・・相応しいというか言葉が出ない。 前半と後半の匂いが微妙に異なる。 明治後半という時代背景。とりわけ、偏狭、開拓の地ともいわれた北海道は夜も明けやらぬエリアの方が広かったであろう。 徐々に姿を現す「熊爪」という男。 出自定かでないとはいえ、社会、家族、教育などに触れる機会もなかったであろうことは明らかになって行く。 ただ、持って生まれた動物的ともいえる本能が彼を導いてきた。 帯で綴られる「穴持たず」と「助けた男」の話は実に些末 後半に突如表出する「共食い」という表題が醸す「人間ではなく生き物としての性、生の終焉」が主題か。 読み終えてみると太一、良輔、ふじ子、八郎の存在がいささか中途半端な立ち位置で消えた感がする。 熊のみならず、動物の世界では生きんがために子を食むことが多い。更に雌は子育てに無意味と知ると雄を排除する。 熊爪と同じ匂い(名をに意味を感じない)陽子がラストで表す姿~連れている子の容貌は明らかに父が異なり、誰かを思わせる・・彼女には家族というより単体として次の世代へ連なって行くことを「力」とみた雌の強さが脳裏に焼き付いた・・微かな吐き気と共に。
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