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五月 その他の短篇 の商品レビュー

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20件のお客様レビュー

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2023/08/12

『それとも事故だったんだろうか。その彼または彼女は、時間どおり家に帰ろうとして電車に向かって走っていたのだろうか。うっかりホームの外に足を滑らせ、体のほかの部分もそれに続き、そこに運悪く電車が来てしまったのだろうか。今この瞬間にも誰かがオーヴンに料理をセットし、テレビをつけて、彼...

『それとも事故だったんだろうか。その彼または彼女は、時間どおり家に帰ろうとして電車に向かって走っていたのだろうか。うっかりホームの外に足を滑らせ、体のほかの部分もそれに続き、そこに運悪く電車が来てしまったのだろうか。今この瞬間にも誰かがオーヴンに料理をセットし、テレビをつけて、彼または彼女の帰りを家で待っているだろうか』―『生きるということ』 原文にも引用符がないのだろうか、会話文と地の文の間に明瞭な境のない文章が続く。それどころか発話の主体と会話の相手の区別すら、ふと、曖昧になる。そのはぐらかされたような感じを面白いと思うのは、差し詰め、理が勝ち過ぎる日常に投げ込まれた正体不明の爆弾のようなものと脳が判断を下すからか。爆発して周囲に甚大な被害を与えても困るけれど、ひょっとして何か面白いものが飛び出して来るのかも知れないという未知のものへの偏重した価値付け。岸本佐知子が翻訳を熱望したという作家アリ・スミスは、捉えどころがない作家であるという印象を残しつつ何か得体の知れなさにわくわくするという思いを盛大に掻き立てる。 翻訳者によるあとがきで「主人公はほぼすべて女性(もしくは性別不明)」とあるように、時に性別もあいまいな登場人物たちの物語を例えば女性カップルの物語のように翻訳しているのは岸本流なのか、それとも作家の意図を汲んだのか。そう言えば最近ネット上の英語学習教材で「his husband」とか「her wife」という表現が使われているのを見て、時代の変化を感じたばかりだったのを思い出した。しかし英語なら可能なこの性別不定の表現も、フランス語などのヨーロッパの言語だったらどうしても冠詞や形容詞の変化ではっきりしてしまうから、アリ・スミスをフランス語に翻訳する時も、岸本さん同様に翻訳者はあれこれ考えるのだろうなあ。それともアリ・スミスはシスターフッドの作家という認識が既にあるのか。 こんな風な脇道に逸れたことばかり考えてしまうのは、アリ・スミスの文章がかなり独特だからで、例えて言えばキャッチボールをしているつもりで相手からの返球を待っているのにさっぱりボールが返って来ないなと思っているといつの間にか手元にあるのに気付いて驚くような体験、と言えるように思う。それを岸本さんが端的に言い表している。 『アリ・スミスの小説を読むということは、ふつうの小説を読むのとは異なる体験だ。彼女の書くものは一筋縄ではいかない。重層的で、企みに満ちている。時系列はシャッフルされる。複数の視点のあいだを行ったり来たりする。時には肝心なことがわざと書かれていない。あるいは物語の枠組みをあえて意識させるような書き方をする。だから読み手はページのこちら側に安閑と座ってはいられない。作者の仕掛ける企みと切り結ぶうちに、いつしか物語の中に入りこんでいるような、作者の共犯者になっているような感覚を味わうことになる。あるいは、いっしょに遊んでいるような。』―『訳者あとがき』 こんなに変な小説なのだけれど「変愛小説集2」に収録されたものを読んだ時の印象はほとんど覚えていない(「スペシャリスト」を読んで、むむっ、と身構えさせられたような気分に固まる、と感想を書いてはいるけれども)。ああでも既に他の長篇も読んでみたくなっている位には、軽くアリ・スミス中毒の禁断症状が出始めている。

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2023/07/08

一筋縄では・・・ 理解できなかった。ふんわり感満載で、言葉遊びがユニークで。でも読後感が無になっちゃう感じ。私の読書もまだまだだなぁ。こういう小説を楽しめる領域に達することができるのだろうか?

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2023/06/10

 油断していたら、すぐにすべてを見失ってしまう本だ。  時間を見失い、居場所を見失い、挙句は一人称を見失ってしまう。物語の中に登場する、この『わたし』は誰?  著者はスコットランドのインバネス出身。ネッシーで有名なネス湖を上流に持つネス川の河口の街だ。新婚旅行で訪問したことのあ...

 油断していたら、すぐにすべてを見失ってしまう本だ。  時間を見失い、居場所を見失い、挙句は一人称を見失ってしまう。物語の中に登場する、この『わたし』は誰?  著者はスコットランドのインバネス出身。ネッシーで有名なネス湖を上流に持つネス川の河口の街だ。新婚旅行で訪問したことのある街で、親近感満々で手に取ったが、楽しめる読書ではなかった。

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2023/06/04

四季四部作からアリ・スミスを知ったからなのか、はたまた短篇集を先に読んでも感じたかは分からないけれど、どの短篇からも季節や温度、湿度などが感じられる不思議。なんとなくこの短篇は初夏らへんの出来事かも、この短篇は秋まっただ中かもなどなど。 どの短篇も日常の生活のなかでふと思い出しそ...

四季四部作からアリ・スミスを知ったからなのか、はたまた短篇集を先に読んでも感じたかは分からないけれど、どの短篇からも季節や温度、湿度などが感じられる不思議。なんとなくこの短篇は初夏らへんの出来事かも、この短篇は秋まっただ中かもなどなど。 どの短篇も日常の生活のなかでふと思い出しそうなものばかり。太陽の日や吹いた風の質感や木々の芽吹いた青々しさで季節を感じ、そこに引っ張られるように思い出しそうな短篇集。 一番はじめの短篇「普遍的な物語」からして好き。“あるところに男がいて、墓場の隣をねぐらにしていた。”からはじまる。ただ墓場の隣をねぐらにしている男の話ではない。いや、この男の話でもあるかも。ころころと変わる話のオチはとても普遍的かもしれない。このタイトルでこの内容の短篇がまず最初にあるところが素敵。 この短篇集のなかでもとくに好きな短篇は「普遍的な物語」「ゴシック」「生きるということ」「五月」「天国」「侵食」「ブッククラブ」「信じてほしい」「スコットランドのラブソング」「ショートリストの季節」「物語の温度」「始まりにもどる」 この世の中のもの、出来事、一人一人に物語はあって、何一つとして蔑ろにしてはいけないという気持になる。

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2023/05/31

アリ・スミスは短編の名手としても知られているらしい。 『スコットランドのラブソング』 始まりから一番意味がわからなかったのに、じわーっと深い感動がやってきて、面白かった。 『物語の温度』 酔っ払いの奇天烈な三人の女が妙に愛おしい。 『始まりにもどる』 クリスマスの切なさみた...

アリ・スミスは短編の名手としても知られているらしい。 『スコットランドのラブソング』 始まりから一番意味がわからなかったのに、じわーっと深い感動がやってきて、面白かった。 『物語の温度』 酔っ払いの奇天烈な三人の女が妙に愛おしい。 『始まりにもどる』 クリスマスの切なさみたいな物語。冬ってなんであんなに寒いのに暖かいんだろう。 本当に不思議な作家だ。 ずっと待っていてくれるような、不思議なあたたかさがある。 わけわからないような、どうしたらこの話が思いつくのか、どうしたらこれが物語として成り立つと思えるのか、そんな作品ばかりなのに、「これが最新だ」と思える。私が遅れているのだ、と思える。きっと本当の書き手は、書かずにはいられない人は、そんなこと考えもせずに物語に耳を傾けるのだろう、そう降参してしまう。

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2023/05/29

「アリ・スミスの小説を読むということは、ふつうの小説を読むのとは異なる体験だ。彼女のかくものは一筋縄ではいかない。重層的で、企みに満ちている。時系列はシャッフルされる。複数の視点のあいだを行ったり来たりする。時には肝心なことがわざと書かれていない。あるいは物語の枠組みをあえて意識...

「アリ・スミスの小説を読むということは、ふつうの小説を読むのとは異なる体験だ。彼女のかくものは一筋縄ではいかない。重層的で、企みに満ちている。時系列はシャッフルされる。複数の視点のあいだを行ったり来たりする。時には肝心なことがわざと書かれていない。あるいは物語の枠組みをあえて意識させるような書き方をする。だから読み手はページのこちら側に安閑と座ってはいられない。作者の仕掛ける企みと切り結ぶうちに、いつしか物語の中に入り込んでいるような、作者の共犯者になっているような感覚を味わうことになる。あるいは、いっしょに遊んでいるような。」 ー訳者あとがきより 五月のうちに本書を読むことができて満足。 上記の引用はまんま私の本書を読んだ感想だ!と思ったので、岸本佐知子さんのお言葉を引用させていただきました。 まさに、何気ない日常として描くことができそうな、下手したら退屈極まりなくなりかねないような物語を、アリ・スミスの描く短編ではいっしょに遊んでいるような感じで読むことができるのです。 不思議な感覚に引き込まれる。 今回特に好きだなと思ったのは、「普遍的な物語」「信じてほしい」「物語の温度」です。 「生きるということ」や「五月」もなかなか。 以下備忘録がてら目次をば。 普遍的な物語 ゴシック 生きるということ 五月 天国 侵食 ブッククラブ 信じてほしい スコットランドのラブソング ショートリストの季節 物語の温度 始まりにもどる 訳者あとがき

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2023/05/20

読むうちに物語の迷宮に誘い込まれるような短編集です。時系列が飛んだり言葉遊びを連ねたりと一筋縄ではいかない展開が特徴。でもこの小難しいかんじが癖になります。冒頭の「普遍的な物語」は墓地から始まりハエ、古本屋、本…と次々移り変わる話。一番のお気に入りです。

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2023/05/16

短編12作 湧き出る言葉を拾い集めながらつい、別の考えことをして気が付くと終わってる そして脳内がとてもリラックスしているのがわかる

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2023/05/01

12篇を収録した短篇集。訳者あとがきによれば、1篇がひと月に対応し全体で1年をひと巡りするような構成らしい。 この作家は初読みで、冒頭に収められた「普遍的な物語」でいきなり面食らう。小説の記述を自ら打ち消しながら進む話なのだ。他の作品も、語り手と聞き手がいつの間にか入れ替わってい...

12篇を収録した短篇集。訳者あとがきによれば、1篇がひと月に対応し全体で1年をひと巡りするような構成らしい。 この作家は初読みで、冒頭に収められた「普遍的な物語」でいきなり面食らう。小説の記述を自ら打ち消しながら進む話なのだ。他の作品も、語り手と聞き手がいつの間にか入れ替わっていたり、時制が移ろったりする。 半分くらいはよくわからなかったが、そのわからなさがなんとなく楽しかった。

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2023/04/18

世の中にはいろんな美がある中で、文章にももちろん美が存在する。美しい文章と美しくない文章。 アリ・スミスの短編は、視点が突然変わったり時系列が突然変わったり難しい。ただ、その難しさを理解するために何度も何度も繰り返し文章に目を通すのが一切苦痛にならないくらい美しい。本当に美しい。...

世の中にはいろんな美がある中で、文章にももちろん美が存在する。美しい文章と美しくない文章。 アリ・スミスの短編は、視点が突然変わったり時系列が突然変わったり難しい。ただ、その難しさを理解するために何度も何度も繰り返し文章に目を通すのが一切苦痛にならないくらい美しい。本当に美しい。 そして岸本佐知子はその美しい英語を、本当に見事に美しい日本語に翻訳してくれている。 ある日雷に打たれたように木に恋をしてしまった女性の話。突然マーチングバンドにつきまとわれる女性の話。古本屋にある「グレートギャッツビー」の背表紙に止まったハエの話。 どれも奇妙。奇妙で、なんとなく病的な支離滅裂さを感じさせる物語。それでもその奇妙な物語がとても美しい言葉で語られていく。 読み終えて、すごいな、と思う。

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