赤い十字 の商品レビュー
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アルツハイマーを患っている91歳のタチヤーナの第二次世界大戦前後の話を、妻を失って越してきた30歳の青年サーシャが聞く話。 後書きで訳者が述べる通り、象徴の使い方や歌謡・赤十字の交信資料の引用が巧みで、ゆっくり読み解いたらもっといろんなものが見えると思う。 赤い十字は、タチヤーナがソ連外務省で翻訳してタイプしていた赤十字とのやりとりであり、タチヤーナの娘アーシャの埋葬地にタチヤーナが立てた錆びた鉄パイプの十字架であり、タチヤーナの出身地ロンドン・友人パーシカの出身地ジェノヴァの印でもあり、タチヤーナが埋葬され「安らかに眠らせてください」と刻まれた御影石の墓石でもある。人間ではどうしようもない苦しみの象徴としての十字架。ソ連が無視し続けても捕虜の情報を送り続ける赤十字に、それは何の意味があるのか、タチヤーナや同僚のレーナは疑問を投げかける。赤十字に宗教的な意味はない、とはいえ、そこには非人道的な戦争の中にあって人間の尊厳を救おうとするキリスト、みたいなものを感じた。神を目の敵にするようなタチヤーナだけれど、神に都合の悪いことを握っているからアルツハイマーにされたという発言と逆説的に、タチヤーナの話はサーシャやこの本の読者に引き継がれていく。 スターリンの姿を見たこともないのに、スターリンはすばらしいと偶像化されていき、すばらしいものはスターリンであるとすり替えられていく錯覚。何度壊されてもグロテスクに再生されていくスターリンの銅像。タチヤーナは捕虜名簿から夫パフコフの名前を消し、パフキンの名を2度書いたことを負い目にして生きてきた一方、タチヤーナの夫を密告して生き残ったパフキンは何の負い目も感じずスターリン像の雪かきをする。十字架を背負って生きてきたのはタチヤーナ側の人ばかり。
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先日の読書会でおすすめされていた中で 気になって借りて帰った本、その2。 わたし、翻訳物は苦手なんだけど (外国語の名前が覚えられなくて入ってこない)、 こちらは、…相変わらず外国語の名前は全然覚えられなかったけど…、スルスル読めてしまった。 滞りなく文学表現を再構築させている翻訳の仕事も本当にお見事。でもページを繰る手が止まらなくなったのはやはりお話の筋がしっかりしているせいかな。 生きる希望を半ばなくし、ベラルーシのミンスクに引越してきた30歳の男性。 引越し先のお隣が、ロシアでのスターリン時代を知るアルツハイマーを患った90歳の老婆。 この老婆の戦争の記憶、 昔語りを主軸にしながら物語は進んでいく。 世界史を全然勉強してこなかったので、 スターリン時代の大粛正などは恥ずかしながら知識になかったけど、今の世界情勢を鑑みてもめちゃくちゃ恐ろしく峻烈な時代だったことが容易に想像できた。こんな単純な感想を持ってはいけないかもしれないが、そういうお国柄なんだろう。 この物語を今、ベラルーシの作家が書いたことに驚愕する。 さて、物語の内容に少し触れるけど、 老婆が犯したある罪について、ラストの方で、 何故そこまで気に病んだのかを問うシーンがあった。 確かにその行為はそこまで気にすることだったんだろうか…と平穏な暮らしに守られた人間ならも思う。 だけどそれはあの時代、どんどん粛正が進む中、自分と娘の保身のため藁をも掴む思いで行い、それ以降自身に降りかかった不幸を経験していくうちに、自分で自分にかけた呪いとなり、年月を経るごとにどんどん重たくなってしまったんだろう。 そう踏まえてラストシーンを読んだらその人がその人たることについて、なんとも複雑な気持ちになり、最終的にはなんだかすごく切なくなってしまった。 あととても印象に残ったのは橋を渡る悪夢の場面。眼下のモミの木の色彩でとてつもない高さであること、その恐怖心が伝わってくる。 ストーリーの面白さ、表現の美しさ、過酷さに夢中になった。 これは今だからこそ響く内容かもしれないが、 この作品に出会えたのは僥倖だった。 翻訳作品、食わず嫌いはいけないな。 めちゃくちゃ面白かったです。
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一気に読んだ。とても面白かった。恐らく膨大なアーカイブから着想を得た、粛清のソ連を描いた作品。運命等という軽い言葉では表せない時代。
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引っ越し先で知り合った隣人は、認知症を患う元ソ連の外務省職員。 夫が他国の捕虜となったことを彼女が知ってしまったことから始まる運命は、軽妙なタッチでぐいぐいと読ませる。 そしてそこからの地獄は「理不尽ゲーム」同様。 国家というものが、いかに簡単にそこで暮らす人々を切り捨ててしま...
引っ越し先で知り合った隣人は、認知症を患う元ソ連の外務省職員。 夫が他国の捕虜となったことを彼女が知ってしまったことから始まる運命は、軽妙なタッチでぐいぐいと読ませる。 そしてそこからの地獄は「理不尽ゲーム」同様。 国家というものが、いかに簡単にそこで暮らす人々を切り捨ててしまえるのか…ジュネーブに残された赤十字のアーカイブ資料は語る。 最後の一文に悲しみしかない。
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