極上の死生観 の商品レビュー
死の恐れが、生をどう捉えるかで大きく変わる事を学んだ。特にヴィクトールEフランクルが書いた夜と霧の紹介で、我々が人生の意味を問うのでなく、我々が問われてる、というのは腑に落ちた。懸命に答えを出していかなければならず、その使命を果たすのが人生。そこに答えを見出した先の死は、あまり重...
死の恐れが、生をどう捉えるかで大きく変わる事を学んだ。特にヴィクトールEフランクルが書いた夜と霧の紹介で、我々が人生の意味を問うのでなく、我々が問われてる、というのは腑に落ちた。懸命に答えを出していかなければならず、その使命を果たすのが人生。そこに答えを見出した先の死は、あまり重要なものにならなくなるのではと感じた。
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いろんな人の死生観を要約してわかりやすくまとめてくれていて読みやすかった。 しかしなぜ気になったの分からないくらい刺さる文言がなくそうなのかと納得するに収まってしまった。 また歳を重ねたら読んでみたい。
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齋藤孝(1960年~)氏は、東大法学部卒の教育学者、著述家。明治大学文学部教授。教育、コミュニケーション、自己啓発などに関わる一般向け書籍を多数執筆。 私はこれまで、広井良典『死生観を問いなおす』、遠藤周作『死について考える』、山折哲雄『わたしが死について語るなら』、鎌田東二『日...
齋藤孝(1960年~)氏は、東大法学部卒の教育学者、著述家。明治大学文学部教授。教育、コミュニケーション、自己啓発などに関わる一般向け書籍を多数執筆。 私はこれまで、広井良典『死生観を問いなおす』、遠藤周作『死について考える』、山折哲雄『わたしが死について語るなら』、鎌田東二『日本人は死んだらどこへ行くのか』、島田裕巳『人は死んだらどこに行くのか』、小林武彦『生物はなぜ死ぬのか』等の「死(生観)」に関する数々の本や、本書にも出てくる、山本常朝『葉隠』、ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』、吉田松陰『留魂録』、エッカーマン『ゲーテとの対話』、深沢七郎『楢山節考』、『いしぶみ-広島二中一年生全滅の記録』、『きけ わだつみのこえ』、石光真人『ある明治人の記録』等を読んできたが、還暦を控え、「60歳からの「生きるヒント」」という副題のついた本書を新古書店で偶々目にし、読んでみた。 本書は、著者が、孔子、ヴィクトール・フランクル、荘子、老子、ハイデガー、フロイト、柳田国男ら古今東西の賢者の言葉から「いかに死と向き合えばいいのか」を考え、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教等の宗教による死生観を明らかにし、折口信夫、正岡子規、ゲーテ、太宰治、『楢山節考』、『万葉集』の歌人等は「死」をどのように表現したのかを綴ったものである。 読書家で知られる著者らしく、引用が盛り沢山であるため、少々散漫な印象が残るのだが、著者も書いているように、「人生の中締め」の時期である「還暦」を迎えるにあたって、自分の人生の意味をあらためて考え直すためには参考になるだろう。 因みに、著者は、「死を目前にしているときでも泰然自若としていられるような自然体」をつくり、「「死んでゆく日も本読んで」という心構え」で、「煙のように軽くなり、上機嫌で朗らかに笑って、すっと亡くなるというのが私の理想の死に方」だと書いている。 自らも、著者の理想とするような死に方(裏を返せば「生き方」だが)ができるよう、精進したいものである。 (2023年2月了)
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古今東西の賢者に学ぶ死の不安に打ち克つ方法! 子供達が社会人になり、それぞれパートナーを見つけた今、「死」は怖いものではなくなりました。(多分?) 「私が死んだら、この子達はどうなるの?」 問題は、 まぁ~。どうにかなるわね、頑張って! となり、 (もちろん、まだまだ教えた...
古今東西の賢者に学ぶ死の不安に打ち克つ方法! 子供達が社会人になり、それぞれパートナーを見つけた今、「死」は怖いものではなくなりました。(多分?) 「私が死んだら、この子達はどうなるの?」 問題は、 まぁ~。どうにかなるわね、頑張って! となり、 (もちろん、まだまだ教えたい、伝えたい事は山ほどあるけど。) 読みながら、うんうん、うなずいたり。 それは違うでしょ! 何も残さない。という潔い終わりかたも素敵じゃないの? と突っ込んだり、古今東西の賢者達とやりあうのも楽しかったです。
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第1章 自分で人生を作り出すということ いかに死に備えればいいか 孔子の教えと「ing」の力 万人が目指せる「途上の死」 極限的な状況における「生きる気力」 人生の意味を問うのではなく、我々が人生から問われている 「こんなはずではなかった」と考える人間と考えない人間 死生観をつく...
第1章 自分で人生を作り出すということ いかに死に備えればいいか 孔子の教えと「ing」の力 万人が目指せる「途上の死」 極限的な状況における「生きる気力」 人生の意味を問うのではなく、我々が人生から問われている 「こんなはずではなかった」と考える人間と考えない人間 死生観をつくりあげていく「道」 死を自覚しているからこそ、生を輝かせられる 第2章 死といかに向き合うか―賢者達の死生観 蝉の寿命と人間の寿命 若死にもよし長寿もよし 生は借り物にすぎない 人間は遺伝子を残すための乗り物にすぎない 一休いわく、「末期の糞をさらして梵天に棒ぐ」 孔子と老子の教えは両輪 「死は身近なものではない」という錯覚 エロスとタナトス―人は生を望むか、死を望むか 「対象喪失」と「喪の仕事」 死と狩りの関係 先祖たちはなぜ死を恐れなかったのか 死を党悟して、自分を脱ぎ捨て続ける意味 年を取るほど、生命にケチになる!? 死は「息をしなくなっただけ」 小児科医から見た、子供たちの死 生きるだけ生きて死ぬ 「いつかは死ぬ」じゃなくて「いつでも死ぬ」 第3章 この世とあの世の道理を学ぶ―宗教の教え 宗教と死生観 キリスト教の「神」と「天国」 信じる者は救われる 「神の国」はどこにあるのか イスラム教における『クルアーン』の意味 「ある」と信じるということ ブッダの旅、ブッダの言葉 壮絶な死を受け入れたブッダ すべての愛するものは別れにいたる 白髮になったからといって「長老」とはいえない 頑張っても、老いと死とに粉砕される!? 『往生要集」が描く地獄絵巻 浄土を語る悲しみと甘さ 『逝きし世の面影』に見る日本の葬儀 先祖を迎えるお盆は心愉しい ニルヴァーナは〈場所〉ではない ヒンドゥー教とヨーガ 第4章 死の瞬間を表現する―文学と死生観 『死者の書』に見る生への執着 一日でも早く死にたくなるほどの苦痛 とまれ。おまえはじつに美しい 霊魂不滅説を信じるより大切なこと 世界は感動にあふれている 「死んで下さい」と呼びかける最高の詩 心に存在する、亡くなった家族 死んでゆく日も帯締めて 「楢山節考』に見る母親の気高さ 「山の音」に何を感じるか 魂をリアルに感じられるか 魂の「むすび論」 死者の魂は故郷に帰る 海は死にますか、山は死にますか 「意識の志向性」と魂の存在 想いを残していくということ 子に先立たれた親の悲しみ 亡くなった子たちへの鎖魂歌 命って何だと思う? 「あとからでいいよ」 人間はどうして不老不死を求めるのか? 死に支度と死に稽古 第5章 人はいかに生きて、いかに死ぬべきか―私の死生観 フェデラーの死生観 『葉隠』と切腹 乃木希典の「殉死」 『こころ』の「先生」はなぜ自殺したのか 「つまらない死に方はしたくない」と言っていた三島由紀夫 10代からの死生観マニア まことに慚愧にたえず やり遂げたい何かを見つけるということ 私たちは-「他者の森」の中で生きている 伴侶の死をいかに捉えるか 「還暦」という立ち位置 笑いと「魂のアンチエイジング」 「はい、さようなら」とこの世を去るために
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本来「死」は日本人にとっては身近な概念 でした。 祖父や祖母を家族で看取り、お盆には先祖 の霊が家に帰ってくると教えられました。 なのに、いつからこんなに「死」から目を 背けてしまったのか。 「ウンコの処理が分からない社会は危険」 と言われます。同様に人にとって最も恐れ る...
本来「死」は日本人にとっては身近な概念 でした。 祖父や祖母を家族で看取り、お盆には先祖 の霊が家に帰ってくると教えられました。 なのに、いつからこんなに「死」から目を 背けてしまったのか。 「ウンコの処理が分からない社会は危険」 と言われます。同様に人にとって最も恐れ るべき「死」を遠ざけてしまっては、人生 の本質からも遠ざかってしまうと思います。 「キレイはキタナい」のです。 「死」を意識してこそ「生」があります。 まさに極上の死生観を学べるのに最適な一 冊です。
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還暦は人生の中締め。自分の人生の意味をあらためて考え直す時間を作る。 今なら自信を持って言える。今日までの人生、上出来でございました。これにておいとま致します。by 樹木希林。
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令和2年第二波がやってくる前の9月頃に読み終わった本ですが、年末の部屋の大掃除で見つけた本です。今年は八月に目の手術をしたのと、在宅勤務で私の大切な読書タイムであった通勤時間が減ったので本を読んだ冊数は少なくなりましたが、その代わりに本当に読みたい本に絞って読書をするようになりま...
令和2年第二波がやってくる前の9月頃に読み終わった本ですが、年末の部屋の大掃除で見つけた本です。今年は八月に目の手術をしたのと、在宅勤務で私の大切な読書タイムであった通勤時間が減ったので本を読んだ冊数は少なくなりましたが、その代わりに本当に読みたい本に絞って読書をするようになりました。 三色ボールペンで有名になった、この本の著者の斎藤氏によるもので、あと3年と少しで60歳を迎えることになる私にとって、ちょうど良い時期にこの本に巡り会えました。 60歳を超えても働いている可能性はありますが、今の会社で今と同じスタイルで働いているとは限りません。60歳以降は自分の人生を納得して生き抜いたな、と後悔しない生き方を決断していきたいと感じました。 以下は気になったポイントです。 ・何かしらの目指すところがあり、それが叶えられたら死んでもいいという熱意を持てたら良い、例え達成できなかったとしても常に到達を目指して進んでいく姿勢を持つことが大切である(p22) ・自分なりに精一杯上を目指して「あと5年あれば」と思いを馳せながら息を引き取るのも理想の死に方の一つである(p25) ・我々が人生の意味を問うのではなく、我々が問われている。そうであるから懸命に答えを出していかなければならず、その使命を果たすのが人生である(p31) ・荘子のように、いま与えられている生は、借り物に過ぎないという考え方をしていれば執着心は捨てやすくなる(p48)命を守ることに執着しない方が、かえって危険にあうことは少なく、死地へいっても助かりやすい。死にたくないと身構えているよりも、むいしぜんでいたほうがいいという考え方がある(p56) ・常にリニューアルしようとしている人は、死の恐怖に襲われにくい(p78) ・正月のお年玉にしても、新しい年に変わるときに魂が新しいものになるという考えの「年魂(としだま)」から来ているという説がある(p168) ・若いうちに学んでおけば壮年になって役立ち、壮年期に学べば老いても気力は衰えない、老いてから学べば、死んでからも朽ちることはない、ということである(p178) ・跡形もなくこの世から消えるのではなく、何かしらのものを残しておく(p181) ・還暦は「人生の中締め」の時期である、意味としては「お開き」に近く、そこから残るも帰るもその人次第。すぐに帰る人もいれば、二次会、3次会といった具合にさらに何時間も過ごす人もいる、還暦を迎えるにあたって自分の人生の意味を改めて考え直し時間を作ってみると良い(p220) 2020年12月28日作成
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還暦=60歳は節目の年。折り返し地点を過ぎ、いよいよ人生の終わりも気になり始める。まだ、当分やってこないかもしれないが、いつかは必ず訪れる自分の「死」。不安にさいなまれず毎日を過ごすには、どんな心構えが必要か?悔いを残さず受け入れるために、どのように準備すればよいか?古今東西の賢...
還暦=60歳は節目の年。折り返し地点を過ぎ、いよいよ人生の終わりも気になり始める。まだ、当分やってこないかもしれないが、いつかは必ず訪れる自分の「死」。不安にさいなまれず毎日を過ごすには、どんな心構えが必要か?悔いを残さず受け入れるために、どのように準備すればよいか?古今東西の賢者・哲人・聖者たちの導きを受けながら、“生きること”の意味を考えていく。 第1章 自分で人生を作り出すということ(いかに死に備えればいいか/孔子の教えと「ing」の力 ほか)第2章 死といかに向き合うかー賢者達の死生観(〓の寿命と人間の寿命/若死にもよし長寿もよし ほか)/第3章 この世とあの世の道理を学ぶー宗教の教え(宗教と死生観/キリスト教の「神」と「天国」)第4章 死の瞬間を表現するー文学と死生観(『死者の書』に見る生への執着/一日でも早く死にたくなるほどの苦痛) 第5章 人はいかに生きて、いかに死ぬべきかー私の死生観(フェデラーの死生観/『葉隠』と切腹 ほか)
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昨年、斎藤孝の講演会を聞く機会があった。 物事を正しく理解していなければ、 人に正しく伝えられない。 正しい日本語を話せば、 通訳の人も正しく通訳ができる。 そこが強く印象に残っている。 本書も斎藤孝が、正しく理解している事を アウトプットしている。 94〜95ページは...
昨年、斎藤孝の講演会を聞く機会があった。 物事を正しく理解していなければ、 人に正しく伝えられない。 正しい日本語を話せば、 通訳の人も正しく通訳ができる。 そこが強く印象に残っている。 本書も斎藤孝が、正しく理解している事を アウトプットしている。 94〜95ページは、 信じる者は救われる について書かれている。 求めよ、さらば与えられん についても記述がある。 これは、故渡部昇一が、 知的生活の方法 で、生き方についてのヒントとして 紹介していた。 これは真理だと再認識した。 死ぬ事を前提に、正しく生きていく。 これは実践したい。
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