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クレンショーがあらわれて の商品レビュー

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5件のお客様レビュー

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2021/05/04

図書館の児童書コーナーで見つけた。 表紙の絵がいいな~と思ったら、まめふくさんだった。 「ぼくがスカートをはく日」の表紙もまめふくさんで、やわらかな色使いと絵のタッチがとても好きだったので、嬉しい発見。 「ぼくが…」と同じように、生き辛さを抱えている子どもの物語。 難病に罹っ...

図書館の児童書コーナーで見つけた。 表紙の絵がいいな~と思ったら、まめふくさんだった。 「ぼくがスカートをはく日」の表紙もまめふくさんで、やわらかな色使いと絵のタッチがとても好きだったので、嬉しい発見。 「ぼくが…」と同じように、生き辛さを抱えている子どもの物語。 難病に罹った父親の仕事はほとんどなく、母の非常勤の仕事も減ってしまった。日々の生活が苦しくなっていく中、両親はそれを隠し笑顔で何でもないこと、と片付けようとする。10歳のジャクソンは、子ども扱いされて隠されることが辛く、3年前、同じような状況の時に現れた「でかネコクレンショー」が再び現れるようになったことに不安を感じ始める…。 ワーキングプアの家族の話は、かわいらしい挿絵とは裏腹に厳しい現実を問いかける。 目に見えない想像上の友達は「イマジナリーフレンド」というそうだが、10歳にもなってまた見えるようになったことに不安を抱くジャクソンの気持ちが、ひしひしと伝わってくる。クレンショーは決して悪い奴じゃないんだけど、見えること自体が辛かったあの頃を思い出すから…。 内容的には小学校高学年くらいからだろうか。 2021.4.2

Posted byブクログ

2021/01/07

ジャクソンの目の前に大きなネコが現れた 想像上の友達?とんでもない そのネコ クレンショーは呼ばれたから来たというけれど,,, ジャクソンの家は貧乏だ 食べるものが全然ない日もある ガレッジセールをして、家の中もほとんど物がない ホントは車中生活なんて嫌なのに、両親も困らせたくな...

ジャクソンの目の前に大きなネコが現れた 想像上の友達?とんでもない そのネコ クレンショーは呼ばれたから来たというけれど,,, ジャクソンの家は貧乏だ 食べるものが全然ない日もある ガレッジセールをして、家の中もほとんど物がない ホントは車中生活なんて嫌なのに、両親も困らせたくない どうしたらいい? アメリカの児童書でベストセラーらしいのですが、私には合わないお話でした 貧困家庭の子供たちが大変さ 子供たちが三食のご飯と、寝る場所に困らないように社会は動かなきゃだとは思う お金をばらまくんじゃなく、その後に活かせるお金の使い方って難しいな

Posted byブクログ

2019/11/05

少年ジョンソンには、クレンショーという言葉を話せる猫の友達がいる。猫は、他の人には見えない想像上の生き物。じぁ、何で、そんなことになっているの?というのが、この物語の主題で、子供の貧困問題です。万引きをし食うにも困る子供がいる反面、カートに色んな食べ物を満載にしている同級生の子が...

少年ジョンソンには、クレンショーという言葉を話せる猫の友達がいる。猫は、他の人には見えない想像上の生き物。じぁ、何で、そんなことになっているの?というのが、この物語の主題で、子供の貧困問題です。万引きをし食うにも困る子供がいる反面、カートに色んな食べ物を満載にしている同級生の子がいる。餓えた子供のいる世界は、どこか間違っている。それが作者の訴えたいことだと思いました。いきなり、トラック暮らしになる不安。大切なことは大人が決めてしまう。子供は従うだけ。ガレージセールで玩具やベットを売られてしまうのは悲しい。

Posted byブクログ

2019/11/19

詳細は、こちらをご覧ください あとりえ「パ・そ・ぼ」の本棚とノート  → http://pasobo2010.blog.fc2.com/blog-entry-1368.html

Posted byブクログ

2019/10/16
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

想像の友だちのことを軽やかに話せる子は幸せだと思う。 心の友だちとして、お互いを大切に思えている証だから。 想像の友だちのことを軽やかに話してみせなければならない子は、苦しいけど息継ぎを繰り返しながら苦しさの川を泳ぎきれると思う。 この本の子は、想像の友だちを全力で否定する。質感まで伴っているのに。 私にも想像の友だちに近い存在がいた。2才のときから一緒だったクマのぬいぐるみ。毎夜布団の中で話していた。何もかもわかってくれて、いつでも一番必要な答えをくれた。必要な答えが見つかるまで、いつまでも話をしてくれた。とても落ち着く匂いがした。でも小学校4年生になった頃、帰ってきたらいなかった。母が、捨てていた。「ゴミ屋さんに出したのよ」と言う母に泣いて怒った。母は心配だったのだと今なら思う。あのときの母の台詞も声も表情も、まだ覚えている。 だからわかる。想像の友だちを全力で否定するのが、どんなに心に悲鳴をあげさせるか。 それは必要なもうひとりの自分なんだから。 想像の友だちを否定するしかないほど、痛みを抱えた子どもに、ふわっとした空気感ですすめたい。 この表紙なら、きっと手渡せる。

Posted byブクログ