雲と鉛筆 の商品レビュー
黒と白の間にある百通りの鼠色を愛することが粋だと捉える美学。 グレーゾーンというと曖昧さやマイナスな捉え方をされるけど、白黒はっきりさせないことを美しいと愛でるのだ。 トリッキーな名前と人格を持つ登場人物が今回も多いのでこれこれ〜と思いながら吉田さんの世界観を堪能しました。
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『ぼくは、たったいま遠い街から帰ってきた。何冊か本を買い、あまり甘くない菓子と、めずらしい文房具も買ってきた。これからしばらくのあいだ、遠い街に出かけるのは控え、これまで考えてきたことのつづきを考えてみたい。それで何か思いつくことがあったら、いつものこの青いノートに書いてみよう』...
『ぼくは、たったいま遠い街から帰ってきた。何冊か本を買い、あまり甘くない菓子と、めずらしい文房具も買ってきた。これからしばらくのあいだ、遠い街に出かけるのは控え、これまで考えてきたことのつづきを考えてみたい。それで何か思いつくことがあったら、いつものこの青いノートに書いてみよう』―『第一章 遠い街から帰ってきた夜』 あとがきによれば作者の吉田篤弘は雲に魅せられているのだという。そう言われてみればこの作家の書くものは雲のように捉えどころが無いのかも知れない。嘘と真の区別がつかないと言い換えることも出来るけれど、掴みどころがないという方がしっくりとする。ここに居るようで実は居ない、主人公は作家の心情を吐露しているようでもあるけれど、そう思わせているだけなのかも知れない。そんな思いにいつも絡め取られる。そんな思いを突き詰めていくと、何故か喪失感に行き当たる。あるいは儚さと言うべきか。頭の中でハンバートハンバートの「おなじ話」が鳴り出してしまう。 いつもにもまして、喪失感に苛まれる本書だが、その喪失感は不思議と明るさを伴っている。雲の消えていくのを悲しいとは思わないのと同じ感覚。そしていつも以上に主人公と作家自身の重なり度合いが強いようにも思える。もうこれはほとんどエッセイと言って良いような作品だ。だからと言って、この「遠い街」が神保町だろうとか、そんな風に現実をそこに見い出せると言いたいわけではもちろんない。そうではなくていつも以上に吉田篤弘的だなと思うということ。 あとがきまで含めて書いてあることの意味を正面から字義通りに受け止めて良いのかどうか迷うのが吉田篤弘の本なのだけれど、そしてそれはどんなにナイーヴなことが書かれていたとしても注意深くなる必要があると思っているのだけれど、本書に関してはこちらもナイーヴに読むしかないのかなと、妙な観念をするのだった。
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表紙は多分雲の絵。ぐしゃぐしゃとした感じがいい。味がある。雲の中に、吉田篤弘さん曰く「我々が失くしてしまったと思い込んでいたもの」が、すべてまぜこぜになっている感じが、表現されているように思えた。ちなみに挿し絵も吉田さん作だった。 第一章の「僕」は石階段を180段上ったところに...
表紙は多分雲の絵。ぐしゃぐしゃとした感じがいい。味がある。雲の中に、吉田篤弘さん曰く「我々が失くしてしまったと思い込んでいたもの」が、すべてまぜこぜになっている感じが、表現されているように思えた。ちなみに挿し絵も吉田さん作だった。 第一章の「僕」は石階段を180段上ったところにある屋根裏部屋に住み、本を読む生活。時おり飲む苦いお茶。鉛筆工場の2B部勤務。あっという間に物語の設定に惹かれた。僕が考えることは、ゆっくりと噛み砕いて心に停めておきたいことだった。人の思いを手でかかなければならない理由は、吉田さんらしく、思わず自分の指先を眺めてしまった。 第二章では、「人生は、」とすぐに語り始める彼とのやりとり。そして、理容師のバリカンとジュットクのやりとり。両方とも面白かった。 壊れたものも見方を変えれば、ただ壊れたものではなくなる。僕のお姉さんのように違った見方ができる柔らかな感情をもつ人は素敵だなとも思った。 そう言えば、文中で「四十八茶百鼠」という言葉が出てきたときに、『百鼠』もまだ読んでいないことを思い出した。吉田さんの本は、まだまだ読んでいないもののほうが多い。1冊ずつ丁寧に読んでいきたいと思っている。 第三章は絵について語っているうちに、手について書かれた本について語られる。ジュットクのように要領よくしなくても、僕のこれからは、なんだか楽しくなるような気がした。 ちくまプリマー新書の300冊目。雲を眺めて色々と思いを巡らせてみたくなる1冊だった。
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本書は、ちくまプリマー新書300巻記念作品です。プリマー新書の装幀デザインも手がける吉田篤弘さん、もはや100冊毎の節目作品は、吉田さんが書くことで決まってます? 主人公の「ぼく」は、石階段を180段のぼった新聞印刷工場跡にある建物の屋根裏部屋で暮らしています。鉛筆工場で働...
本書は、ちくまプリマー新書300巻記念作品です。プリマー新書の装幀デザインも手がける吉田篤弘さん、もはや100冊毎の節目作品は、吉田さんが書くことで決まってます? 主人公の「ぼく」は、石階段を180段のぼった新聞印刷工場跡にある建物の屋根裏部屋で暮らしています。鉛筆工場で働きながら読書をし、気に入った一節をノートに書き写したり、鉛筆で雲の絵を描いたりしています。あぁ、吉田篤弘作品だなぁ‥。 こんな「ぼく」が、様々な仕事に就く登場人物と会話をし、考え続けながら思索を深めていきます。一人称のモノローグは、少し哲学的でもある気がしますが、正解に辿り着けなくとも、時間をかけて考え続けることに意義があるように思えます。 「ぼく」の思索の中心は、多くのエピソードに共通する、物と物・事と事のあいだである「あわい」の大切さではないかと、頷ける話が多かったです。 例えば雲。『百鼠』というように、鼠色にも百を超える種類(色合い)があり、雲が綾なすグレーの濃淡の豊かさは、追究する価値があるのでしょう。 鉛筆も芯の硬さで6B〜9Hの17種類あり、「ぼく」は、これらを駆使して、スケッチブックの白へ雲が織りなす微妙な「あわい」を再現し続けます。 絵についても、時間の「あわい」があります。作者の取り掛かりから完成まで、「絵の具と一緒に時間も塗り込められている」のですね。 相対する2つの間にある(であろう)本質を、「ぼく」は日々の暮らしから学んでいるのではないでしょうか。この「あわい」を突き詰めていくと、「手間ひまをかけること」の大切さだと、教えられます。 ちくまプリマー新書の装幀デザインも、こうした姿勢の表れなんでしょうね。画一的な新書表紙へ一石を投じ続ける吉田篤弘さん。ちくまプリマー新書の表紙を、全巻並べて観てみたいです。
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プリマー新書は手にしているだけでなぜか心地よいのです。 ぼくの仕事は鉛筆をつくることなのだ。(p.13-14) 君はたぶん、何かと何かのあいだにあるものが好きなんだよ。(p.40) 動けばそれは道具だけど、動かないジューサーミキサーは、その役割から解放されて、そのうち、ジュ...
プリマー新書は手にしているだけでなぜか心地よいのです。 ぼくの仕事は鉛筆をつくることなのだ。(p.13-14) 君はたぶん、何かと何かのあいだにあるものが好きなんだよ。(p.40) 動けばそれは道具だけど、動かないジューサーミキサーは、その役割から解放されて、そのうち、ジューサーミキサーという名前からも自由になりました(p.77) もし、歩いて行けるなら、ぼくは歩いて行きます(p.108) ■簡単なメモ どんな絵にも時間はあり、画布には絵の具と一緒に時間も塗り込められているのだと、(p.19) だから、人の「思い」は手で書かなければ意味がない。(p.25) 人間は誰でも一度、眼鏡屋の息子になるべきだと思う。(p.44) 郵便局というのは自分のテリトリーの最後のところにある港のようなもので、(p.50) 同じことを繰り返すのは気持ちのいいことだと。(p.55) それの何がいけないんだろうね(p.65) 本というのは、大きなものを小さなものに収めてあるのが身上で、(p.98)
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登場人物のそれぞれの人生観が、自分の中で新しい考え方として学べた。 哲学的な話から主人公の平凡な暮らしの話まで、この一冊に著者の伝えたいことが詰め込まれている。字が細かくなく間隔も空いているので読みやすい。 読書に対する考え方や、雲をスケッチすること、第三者が加わることによる影...
登場人物のそれぞれの人生観が、自分の中で新しい考え方として学べた。 哲学的な話から主人公の平凡な暮らしの話まで、この一冊に著者の伝えたいことが詰め込まれている。字が細かくなく間隔も空いているので読みやすい。 読書に対する考え方や、雲をスケッチすること、第三者が加わることによる影響など、一つ一つの話が面白かった。エッセイのようでした。
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屋根裏部屋で暮らすぼくは、「時間」や「思い」やさまざまなことを考え、何か思いつくことをノートに書いている。 鉛筆工場で働き、時々遠い街へ本を買いに行く。 その街の方角にある立派な時計塔から、望遠鏡で外を眺める。 「人生」というあだ名の友人と、コーヒーを飲む。 どこか空想の世界を...
屋根裏部屋で暮らすぼくは、「時間」や「思い」やさまざまなことを考え、何か思いつくことをノートに書いている。 鉛筆工場で働き、時々遠い街へ本を買いに行く。 その街の方角にある立派な時計塔から、望遠鏡で外を眺める。 「人生」というあだ名の友人と、コーヒーを飲む。 どこか空想の世界をさまよっているような雰囲気で、時間がゆったりと流れていて、雲のようにふんわりと味わい深い物語。 「答えなんて見つけない方がいいんだよ」 白と黒の間にある百通りの鼠色とか、三という数字の捉え方についても、発想が豊かで、読むと心が軽くなります。 幸せって、こういうことをいうのかなとしみじみ思います。
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屋根裏部屋、鉛筆工場、小さな本、遠い街、時計塔、コーヒーが飲める店、人生、苦いお茶、三番目、贋作、雲を描く。 作者独特の文体から紡ぎ出される世界観に、とぷりと浸りながら読む幸せ。 吉田篤弘作品を久々に読み、久々に感じるこの想い。幸せ。
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「子どもたちにひとつ、本当のことを伝えるとしたら、何を伝えますかそれを原稿用紙百枚で書いてください」というテーマのちくまプリマー新書の300冊目。 短くて読みやすいんだけど、哲学的な不思議な感じのする本。その不思議な感じは子どもの頃に感じてた、難しいことを前にしたときに自分の感...
「子どもたちにひとつ、本当のことを伝えるとしたら、何を伝えますかそれを原稿用紙百枚で書いてください」というテーマのちくまプリマー新書の300冊目。 短くて読みやすいんだけど、哲学的な不思議な感じのする本。その不思議な感じは子どもの頃に感じてた、難しいことを前にしたときに自分の感情を言葉にできないんだけど、無言でそれを淡々と味わって、切ない感じにまとわれるような、あの感覚に似ている。 冒頭の、「残されたものはいつもほんのひと握りで、本当は、残らなかったものの方に、自分の書きたかったことがあるように思う」で、もう心を捕まれた。 最後まで物語に引き込まれ、読んだあとはページをめくり直して、思索にふけりたいような、静かな時間が残る。
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読み終えてなんともフワッとした表現しにくい感覚になった。いい意味で。曖昧さとか、適度な緩さとか、白でも黒でもなくグレーというか。カチッとひとつに固定しきれない感じが多くの余白感を生んでいる感じ。その余白がフワッと感じさせるのかもしれない。一方で掴みきれていないとも言えるので、意図...
読み終えてなんともフワッとした表現しにくい感覚になった。いい意味で。曖昧さとか、適度な緩さとか、白でも黒でもなくグレーというか。カチッとひとつに固定しきれない感じが多くの余白感を生んでいる感じ。その余白がフワッと感じさせるのかもしれない。一方で掴みきれていないとも言えるので、意図を汲み取れているのか実はわかっていない。それもこれも含めてフワッとしていていいのかもしれない。
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