思想としての言語 の商品レビュー
一晩考えたが本当に難しく、面白い。7章の井筒による老荘の議論はスピノザとドゥルーズに(どうみても)開くことができるはずだが、それは普遍への解放とはまた異なる話か
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「中国哲学の脱構築」の中島さんの本。 最近の「世界哲学史」の編著やマルクス・ガブリエルとの対話とかで、興味をもち、「悪の哲学」につづいて読んでみる。 主に日本の思想家を中心に「思想としての言語」について、論じてある。あまり親しみのない思想家も取り上げられていて、議論がしばしば...
「中国哲学の脱構築」の中島さんの本。 最近の「世界哲学史」の編著やマルクス・ガブリエルとの対話とかで、興味をもち、「悪の哲学」につづいて読んでみる。 主に日本の思想家を中心に「思想としての言語」について、論じてある。あまり親しみのない思想家も取り上げられていて、議論がしばしば分からなくなる。 それでも頑張って読むと章ごとになにを言っているかは微かにわかるのだが、それが本の題名の「思想としての言語」というテーマにどうつながっているかは、結局、分からずじまい。 今さらながら、哲学は西欧のものしか、ほとんど読んでないので、日本の思想家より西欧の思想家のほうが慣れ親しんでいるということになっているのだな〜と思った。 そういうなかで、「古今和歌集」の序文の話しとか、面白かったな〜。あと、最近、気になる井筒俊彦さんの話しとか。
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