恋と夏 の商品レビュー
特筆すべきは作者の優れた洞察力。 彼にかかれば老若男女、あらゆる人物の人生が現実のこととして読者の身に降りかかってくる。 生活の描写が細かく、丁寧なので、映画のスクリーンのように情景が浮かび上がってくる。(細かすぎて、いささか長く感じてしまうことは否めないが…) 夏という季節が与...
特筆すべきは作者の優れた洞察力。 彼にかかれば老若男女、あらゆる人物の人生が現実のこととして読者の身に降りかかってくる。 生活の描写が細かく、丁寧なので、映画のスクリーンのように情景が浮かび上がってくる。(細かすぎて、いささか長く感じてしまうことは否めないが…) 夏という季節が与える懐古的な魅力、エモーショナルさは万国共通な感覚なのだろうか。 80歳の男性作者が織りなす恋物語は、淡くて甘さは微かで、ビターなほろ苦さがある。御伽噺ではなく、どこまでも現実的な恋物語。それ故、エリーとフロリアンの恋は、理性を失わせる程ではなく、どこかお互いに引いてしまうところがあったりする。こちらとしては、ともすればヤキモキしてしまう登場人物たちの感情は、どこまでもリアルな人間を描いているからこそのものなのだ。達観した巧みな人間描写に、思わず唸ってしまう。 エリーとディラハンの会話は見事だった。はっきりと文字にはしないからこそ、滲み出てくる登場人物の苦悩。夜の静けさと、涼やかさの演出。 訳者のあとがきにもあったけど、登場人物と場所の結び付けと描写がとても上手い。 ウィリアム・トレヴァーとの出会いは期せずして長編の、しかも2015年時点での最新と銘打たれている本作だけれど、短編の人でもあるらしいから、早速「異国の出来事」も読んでみたい。 余談だけれど、北欧、帽子ときて、そのイメージにまんまと引きずられ、フロリアンのイメージはスナフキン。安直かも知れないけれど、私の中ではスナフキン。
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作者は80代。 こういうのが書けるのが、驚き。 出会いの順番が違っていたら…と思う一方で、ついて行ってもその恋は長続きするのかという捻くれた気持ちも。何年も同じ気持ちでいられるのだろうか。 旦那さんは優しいし、これは捨てにくいよね。 でも、好きでもないし。 夏がきたら、彼を思い出す。 そういう恋もあり。
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懐古趣味的パーツだけで組み上げながらも何らかの現代性を感じさせて行く、という作風。小説の成熟の一つのかたちと呼べばいいのだろう。 人は幼い恋、愚かな恋、自分本位な恋を経てやっと人を愛する事が出来る様になるものだ。孤児であり、修道院からお嫁入りしたヒロインにはそんな経験を持つ機会があるはずもなく、遡る様にしてそれを体験することになる。 それぞれの過去を抱えた田舎町の人々の中で、物語は淡く進んでいく。 カメラはそれらを群像劇として、どこにも肩入れする事無く、そのいびつさを裁くこともなく、淡々と優しく見守って行く。 小説というものはボヴァリー夫人を殺す事もできるが、救う事もできるのである。 本作はそれら救われる事のなかった過去のヒロインたちへ差し伸べた手のようなものではないのか。 現代性とは、そこにあるのだとも思うし、読者はここで大人の視点、というものを学ぶ事にもなる。 相手の男、フロリアンの幼さは、ヒロインの中に眠る幼さを引き出し、消費させ昇華させる為の触媒なんですね。 全体としては非嫡出子、そしてその母親の救済、というテーマが何重にも奏でられる。 まず夫婦に子供が出来ない事が愛に至っていない事のメタファー(安易だけど)。そして家畜の種付けがやってくるのはちょっとあからさま過ぎる暗示。そして他、もろもろの村の暗い過去があり、最後には力強い宣言がある。そられはすべて、物語の終了後のある一点へと向かっていると言える。 それは、物語の後にはどちらの子かわからない子供が産まれるが、温かく迎えられるのだろう、という事。 主人公自体が、捨てられた非嫡出子であり、また村全体がそうした望まぬ妊娠や、堕胎、或いは事故で死んだ子などの暗い過去を持っている。それらを全て物語の外で、産まれる子とその母の運命に託して、救っているのだと思える。 つまり、これは意図的な「妊娠小説」の書き換えなのではないのだろうか。そんな風に思った。
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10年ほど前に『密会』という短編集を読んだ。 この著者が、「現代のチェーホフ」「英語圏で現存する最高の短編作家」と言われていると知り、他の作品も読んでみたいと思っていた。 たまたま図書館の棚にあったのは、短編ではなく長編、それも2009年に発表され、日本では2015年に出版された著者が81歳で書いたもの。 孤児院で育ち、やもめの農夫のところへ住み込みの使用人として入り、求婚されて妻になったエリーと両親が暮らしていた屋敷を処分するためにやってきたフロリアンが出会う。エリーにとっては恋で、フロリアンにとっては恋というよりも友情に近いものが始まる。フロリアンはエリーに想いを寄せはするけれど、いとこのイザベラを愛している。彼はきっともう二度とイザベラに会えないから、他の誰も愛さないだろう、な。 昔、町の名家の図書室を管理しており、今は年老いて町を徘徊するオープン・レンがエリーとエリーの夫ディラハンそれぞれに語った話をそれぞれが違うように受け取ったことで却ってエリーを踏みとどまらせる、このひねり方が、分からないけど、トレヴァーっぽいんじゃないかな。
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驚いた。トレヴァーがこんな話を書くなんて。なんて瑞々しさに溢れた作品なのだろう。絵画で例えるならモネの日傘を差す女だろうか。冒頭から特徴的なのがカメラで捉えたかの如く圧倒的な風景描写だ。トレヴァーは精緻な描写で戦争の過ぎ去ったアイルランドの中庸な町'ラスモイ'...
驚いた。トレヴァーがこんな話を書くなんて。なんて瑞々しさに溢れた作品なのだろう。絵画で例えるならモネの日傘を差す女だろうか。冒頭から特徴的なのがカメラで捉えたかの如く圧倒的な風景描写だ。トレヴァーは精緻な描写で戦争の過ぎ去ったアイルランドの中庸な町'ラスモイ'の風景とそこに住む人々の内面を描き出し、次にそのカメラのピントを語られない過去を持つ何人かの人物に切り替え、深くフォーカスしてゆく。これは少女と青年の平凡なひと夏の恋の物語ではない。キルモイと言う町とそこに住む人々の滔々とした営みの物語なのだ。 この物語のエンディングで1人の青年がアイルランドを後にする。アイルランドは次第に船から遠ざかってゆき、海から顔を出す岩だけになる。その岩さえも海の彼方へと消えてゆく。私にはこの描写がアーサー王伝説で海の彼方へと消えてゆく話とどうにも被っているのではないかと思ってしまう。意図的にトレヴァーが生前最期の最期のパラグラフとしてこのエピソードを選んだのではないか…と。私の考えすぎなのだろうか?
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フロリアン(自己中、高等遊民)はエリーに、なぜ正直に“創作意欲が湧いてきたんで、やっぱりひとりで行きたいんだ”と言わなかったのかな…と、思ったら最後の別れ際に「ぼくを嫌いにならないでくれ」マジか⁉兄ちゃん(゚Д゚;) まさしく自己中男ならではのセリフだな。 ミス・コナルティーが、こども部屋を妄想する。エリーの生むかも知れない子供と、自身の生むことが許されなかった子供を重ね合わせているのか…。このシーンが一番好きだ。 アイルランドの風景描写が素晴らしかったのと、ラスモイの人たち(みんなのさりげない優しさがメチャいい)に愛着が湧いたので☆5
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いつものトレヴァーのように抑制の効いた静かな物語が進んでいくかと思いきや、後半ではハラハラさせられる。 ヒロインと写真家の関係と、 田舎街の人間たちの心理描写が重なりあって、コミュニティ自体が生き物のように感じる。 あたたかく切ない余韻の残る名作です。
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やや、ありがちともいえる物語が、綺麗な文章と脇役や設定の細やかな配置によって、とても輝いて感じられました。
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非常に抑制された文章。なのに溢れるほどの詩情がある。 手放される屋敷、不幸な事故があった農家、田舎の商店街、地元の有力者の邸宅。そして主の消えた豪邸。景色や建物だけでなく、描かれた人々すべてが、はっきりとした姿で浮かんでくる。すべての人物が心に孤独と苦しみを抱えながら、それを人の...
非常に抑制された文章。なのに溢れるほどの詩情がある。 手放される屋敷、不幸な事故があった農家、田舎の商店街、地元の有力者の邸宅。そして主の消えた豪邸。景色や建物だけでなく、描かれた人々すべてが、はっきりとした姿で浮かんでくる。すべての人物が心に孤独と苦しみを抱えながら、それを人のせいにせず、公にもしない。それだけに深い悲しみが伝わってくる。 頭のおかしくなった司書が、自身で意識してはいないのに、物語を大きく動かす役割を果すというのが、本当にうまい。 アイルランド人は日本人に似ている気がする。 訳者によるアイルランドの歴史の解説で更に理解が深まった。 切ない、清冽な恋愛小説。
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恋を知らずに結婚してしまった若い主婦 昔の想い人がずっと心にいる青年との ひと夏の恋愛、過去を悔いながら生きる夫 二人の恋愛に過去の自分を重ねる隣人の女性 街をさまよいながら昔の主の帰りを待つ老人 アイルランドの自然の中で彼らのひと夏が 淡々としながら瑞々しく描かれていた 主婦エリーが恋に落ちる前後が最高に良かった 81歳の男性が書いた小説という事実にビックリです
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