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ドストエフスキー の商品レビュー

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2023/12/29

勝田吉太郎氏は評者の先生の先生にあたるロシア思想史家だが、評者が学生時代まだ大学で教鞭をとっておられ、個人的にもお世話になった恩師である。先輩に薦められて先生の著作を読み、これほど豊かな学問の世界が法学部という無味乾燥なところにあったのかと驚嘆した。早々と法律の勉強を投げ出し、先...

勝田吉太郎氏は評者の先生の先生にあたるロシア思想史家だが、評者が学生時代まだ大学で教鞭をとっておられ、個人的にもお世話になった恩師である。先輩に薦められて先生の著作を読み、これほど豊かな学問の世界が法学部という無味乾燥なところにあったのかと驚嘆した。早々と法律の勉強を投げ出し、先生の著作を片っ端から読み漁ったものである。 ドストエフスキー論がなぜ法学部の研究者によって書かれたのか。本書はドストエフスキーの文学を論じてはいるが、それ以上にその政治思想を論じている。国家と宗教、自由主義と全体主義、西欧合理主義と土着民族主義といった政治思想上のテーマをドストエフスキーの作品世界に沿って解き明かし、現代文明における「神なきヒューマニズム」という名の代用宗教が、個人の自由の圧殺に逢着するパラドクスを描き切った筆致は圧巻である。そこにはソ連の全体主義的社会主義への強烈な危機意識があったことは事実で、多分に時代の刻印を帯びたものではある。 本書には西欧文明と土着文明の狭間で苦悩する後進国インテリゲンチャへの共感が流れており、我が国のドストエフスキー受容のオーソドクスな一例と見ることもできるが、本書をユニークなものにしているのは、著者のロシア思想史への透徹した理解がベースになっていることだ。バクーニンに典型的に見られるように、ロシアの無神論的ヒューマニズムは宗教的とさえ言える情熱に導かれ、時に狂信的な性質を帯びる。このロシア特有の思想風土の中にドストエフスキー作品を置くとき、ラスコーリニコフもスタヴローギンも俄かに活き活きとした相貌を帯びて立ち現れてくる。 著者は保守イデオローグの重鎮であり、バークやミルの穏健なイギリス保守思想の伝統を共有するが、見逃せない著者の独自性はバクーニンとドストエフスキーを結ぶ思想史的系譜にある。それは戦闘的な自由へのパトスがニヒリズムを経由して宗教性へと旋回する。ここに勝田政治哲学の真髄があり、その激越さにおいて極めてロシア的なのである。河上徹太郎など一部の文学者を除いて我が国で決して多くの理解者を得たとは言えないのもこのことと無関係でない。

Posted byブクログ