はじまりのはじまりのはじまりのおわり の商品レビュー
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カタツムリのエイヴォンは、かしこいアリのエドワードと「冒険を探すための冒険」に! ○連作短編 ○ユニークな味つけのカタツムリとアリのロードムービーのような人生哲学 ○どの言葉も滋味深い
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児童書の翻訳ものって、独特のリズムがあってよい。 子どものころを思い出した。 p29 旅のお楽しみの半分は、さよならをいうことにあるといってもいいすぎではありませんから p46 わかったことといえば『ここ』と『そこ』はそんなにちがいんがないという皮肉な事実だけですよ、まったく...
児童書の翻訳ものって、独特のリズムがあってよい。 子どものころを思い出した。 p29 旅のお楽しみの半分は、さよならをいうことにあるといってもいいすぎではありませんから p46 わかったことといえば『ここ』と『そこ』はそんなにちがいんがないという皮肉な事実だけですよ、まったく p56 「どこにつづく道なんですか?」エドワードが興味津々でたずねました。「わかんないわ」サラマンダーは茶目っ気たっぷりに応じました。「わたしはその道を行ってみたことがないもの。でも今までにいろんな道を行った経験からいわせてもらえば、どの道もどこかにつながっているのよ。~」 p90 どうして空気って こことそことで同じなの
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日常から少しだけ外に出たときに 何も変わらないと思ってしまうよりも、 想像力を働かせて面白いモノを自分から 見つけに行くほうが楽しいよ、 帰ってきたときに目にする家の中も、 今までとは違って見えるはずだよと 教えてくれるような絵童話だった。 自分が好きなテーブルやイスがある エ...
日常から少しだけ外に出たときに 何も変わらないと思ってしまうよりも、 想像力を働かせて面白いモノを自分から 見つけに行くほうが楽しいよ、 帰ってきたときに目にする家の中も、 今までとは違って見えるはずだよと 教えてくれるような絵童話だった。 自分が好きなテーブルやイスがある エイヴォンの豊かな暮らしを見習おうっと、 そう思った。 エイヴォンとエドワードは はじまりがおわって、 これからどんなはじまりがあるんだろうと 楽しみになる
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本好きの小さいカタツムリともっと小さいアリが、本に書かれているような冒険を探すための冒険に出かける。 哲学的なんて言うと勿体ない気もするような小さくて大きな冒険が積み重なったお話。 凸凹コンビのふたりが愛らしく素敵。
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冒険に出たいカタツムリ。行きたいなら行けばいいじゃないか!アリを相棒にのんびりのんびり冒険を探す旅に出る。枝の上をゆっくりと。冒険は探したらそこかしこにあって、そもそも日常も冒険なわけで、見方や考え方次第で。とてもとてもユニークで深くておもしろかった。
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タイトルからしてすごく気になる感じですが、カタツムリのエイヴォンとアリのエドワードの冒険の話。たくさんのエピソードから、ものの見方次第で身の回りのことがすごく楽しめたりワクワクするものになるなあと感じます。深く考えれば哲学的と思うようなエピソードも多く味わい深いです。
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カタツムリのエイヴォンとアリのエドワードが 「冒険を探すための冒険」に出る。 二人ののやりとりがとっても可愛い。 楽しい児童小説だけど、ちょっと哲学的でもある。 子ども達に向けての本はそういうところあるなぁ。 冒険はいつからだって始められるのだよ と教えてくれる。 きっと何...
カタツムリのエイヴォンとアリのエドワードが 「冒険を探すための冒険」に出る。 二人ののやりとりがとっても可愛い。 楽しい児童小説だけど、ちょっと哲学的でもある。 子ども達に向けての本はそういうところあるなぁ。 冒険はいつからだって始められるのだよ と教えてくれる。 きっと何かのはじまりは何かのおわりで 何かのおわりは何かのはじまり。 冒険の後の二人は 冒険する前の二人とはちょっと違うのだ。 イラストが素敵。
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様々な視点から自分の道を見つめられる本だと思う。ここがおわり?はじまり?自分が思っている場所と自分がいる場所が実は全く違ったりする。一つではなく色んな捉え方や感じ方や考え方で物事は変わっていくんだなと感じた。 14/12/09
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こないだ読んだ『スタッキング可能』の著者・松田青子が初めて翻訳した本、というので図書館で借りてきて読んでみた。カタツムリのエイヴォンとアリのエドワードが、「冒険を探すための冒険の旅」に出る、という話。 エイヴォンは本好きで、本のなかでくりひろげられる様々な冒険と、冒険を終えた...
こないだ読んだ『スタッキング可能』の著者・松田青子が初めて翻訳した本、というので図書館で借りてきて読んでみた。カタツムリのエイヴォンとアリのエドワードが、「冒険を探すための冒険の旅」に出る、という話。 エイヴォンは本好きで、本のなかでくりひろげられる様々な冒険と、冒険を終えたいきものたちの幸せそうな姿にみせられ、ひるがえって「冒険をしたことがない自分」を考えると気持ちが沈むのだった。 「ぼくも冒険したい、冒険しなければ、だってそうしないと幸せになれない」と本のページからささやき声が聞こえてくるのだが、ためいきをついて「あーあ、ぼくの人生に冒険なんてありっこない」と思ってしまう。 そこへ通りかかったイモリのじじいからどやされて、そうだ、冒険に出発しようとエイヴォンは心に決める。家の扉を閉めようとしていたところで、アリのエドワードと出会い、ふたりは一緒に旅に出ることになる。 エイヴォン(カタツムリ)がボケで、エドワード(アリ)がツッコミという感じで話はじわじわとすすむ。このふたりの漫才のような掛け合いが、そこはかとなくおかしくて、笑える。 道中にはいろんなことが起こる。いろんないきものと行き交う。ゆっくりゆっくりゆっくりと歩みをすすめながら、エイヴォンとエドワードは葉っぱの下で雨宿りをし、迷子になって道を尋ね、ネズミの姿をしたドラゴンに会い、前方からやってきた別のカタツムリと「かの有名な『けんか』」をし、イモムシの家を1ヵ月見守り、コオロギを助け、旅先から友へ手紙を書き、前後不覚のミミズと会い… そして、旅に出る前に住んでいた家とそっくりな魔法の城にたどりつく。 エイヴォンは、経験したことのない冒険譚を書きさえするのだ。エドワードが至極もっともらしく講釈をたれるところが、ほんまにおかしい。 エイヴォンとエドワードのキャラクターをくっきりさせる訳文のその言葉遣いを読みながら、元のエイゴ(たぶん)はどんな風に書かれてるんやろな?と思った。 そして、どうも"じじい"キャラらしきイモリの「なんじゃい、わかいもんがしんきくさいことをいいよって。こっちまで暗くなっちまうわい」(p.18)とか「どうじゃね、こんなところでうじうじ泣きべそかいとらんと自分から冒険を探しにいってみるっていうのは」(p.19)とか「そんなすばらしい冒険譚を語られてしまうと、じぶんも冒険の旅に出たくなってしまうもんじゃな」(p.173)といったセリフに含まれる「じゃい」「わい」「じゃな」は、翻訳小説に出てくる女性たちがほとんど死語といっていい「てよだわ」言葉を使ってるというのと、なんだか似てる気がした。 この本を手にとったとき、福音館文庫はもう一回り大きいやつじゃなかったか?と思ったが、よくよく考えると、もう一回り大きいのは福音館日曜日文庫だった(『TN君の伝記』とか『果てなき旅』をこれで読んだ)。福音館文庫といえば『第八森の子どもたち』がそうやったなーと思い出す。 『第八森…』は確かもっと字が詰まった本だったと思うが、このカタツムリとアリの冒険譚は天地左右も行間も広く、イラストも入って、子どもの頃にだいぶ読んだ水玉もようの偕成社文庫の雰囲気を感じさせる。いかにも、小学生向けの文庫という感じだ。 (5/2了)
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ものの10分くらいで読めてしまったけど、かわいくてゆっくりでとてもいい本だった。 訳がとっても素敵だと思う。 挿絵もかわいい。 グッズがでたら売れそう。 マグカップとかどうでしょう? アヴィという原作者、「シャーロット・ドイルの告白」の人だったのか。 けっこうおもしろかったけ...
ものの10分くらいで読めてしまったけど、かわいくてゆっくりでとてもいい本だった。 訳がとっても素敵だと思う。 挿絵もかわいい。 グッズがでたら売れそう。 マグカップとかどうでしょう? アヴィという原作者、「シャーロット・ドイルの告白」の人だったのか。 けっこうおもしろかったけど、全然雰囲気が違うなあ。
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