精神障害者差別とは何か の商品レビュー
私は差別などしていないと思っていたが、心では差別をしているのではないだろうか。 著者は、自ら強制的な治療の犠牲になることにより、偏見、スティグマ、差別を体験し、「精神疾患者差別とは何か」という問題を精神疾患者やその家族たちの声を織り交ぜながら探ろうとしている。 精神疾患は病気...
私は差別などしていないと思っていたが、心では差別をしているのではないだろうか。 著者は、自ら強制的な治療の犠牲になることにより、偏見、スティグマ、差別を体験し、「精神疾患者差別とは何か」という問題を精神疾患者やその家族たちの声を織り交ぜながら探ろうとしている。 精神疾患は病気であるのに、他の病気とは明らかに違う扱いを受けている。 大きな問題としてマスメディアが、精神疾患を暴力に結びつけることがある。 おそらく多くの人たちが精神疾患者対しに冷ややかになるのは暴力行為を起こすのではないかと恐れを持っているからではないだろうか。 統合失調症の人の暴力のリスクは明らかに高い。しかし統合失調症は珍しい病気で、さらに他人よりも家族や友人の方が、はるかに多くこのような暴力の被害者になっている。そのことを考えると適切な治療を受けている人が他人を傷つけるリスクは少ないのではないだろうかと著者は問いかける。 それよりも世間で普通と呼ばれている人たちが起こす犯罪の方が多い。それなのに精神疾患者であると知られると危険人物として扱われ、今まで通り普通に暮らせなくなる。 「精神を病んでいるから」と、判断能力や行動が疑問視され、仕事を失うことも珍しくない。 世間のルールの枠の中で、スムーズに事が進めていけることが普通で、そうでないものは迷惑だと排除しようとすることはよいことだろうか。 「やろうとしてもできないこともある」 その人にとって大変なことなら手助けをしてあげればすむことである。見守ってあげればいいと私は思う。いろんな人がいる。いろんな人を認める。 人はそんなに強くなくてはいけないのだろうか。 「偏見のあるというのは自分の精神力というものを信じていて、それでやってこられた人が多いと思います」(P 268) 精神力や育ってきた環境の問題として、自分や自分の家族は病むことはないと思っている人も多いかもしれないが、誰もが病気なる可能性があるのに。 精神障害者の多くが恋人友だち知り合いを失う。 友だち みんな僕のことをかわいそうとは呼ばない。 みんな僕のことを悪いとは呼ばない みんな僕のことを狂人とは呼ばない。 だれも僕を、呼ばない。 ウィリアム・マックナイト (P215) 私は友だちになれるだろうか。 もし友だちが病気を患ったなら私は友だちでいられる。それは彼を知っているからだ。しかし隣人が病気だったら正直言ってすぐには無理だと思う。それは私が彼らのことをわからないからで、わからないことに理解を示すのは難しい。けれど私はその人を知りたいと思う。 この本を読み、差別とはその人個人を認めないことからはじまるのだと感じた。 スティグマ=差別されることしめす消えることのない烙印で個人を判断することで差別が起こるのだ。 「一日の最後に私は思う。私はまだ人間だ。いい仕事に就いている。外にも出る。家族もいる。それは、ただの病気なんだ」(P337 ) どのような病気なのか、世間で正しく理解されることが差別をなくす方法ではないだろうか。
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