記憶の歴史学 の商品レビュー
例えば、野球界では「記憶に残る選手/記録に残る選手」という対比がなされるように、一般的には「記録」と「記録」は対比される関係にあると考えられている。しかし、本書では、歴史において両者は対比される関係にあるのではなく、むしろ、相互作用をもたらすものであるとの立場をとる。 過去の出...
例えば、野球界では「記憶に残る選手/記録に残る選手」という対比がなされるように、一般的には「記録」と「記録」は対比される関係にあると考えられている。しかし、本書では、歴史において両者は対比される関係にあるのではなく、むしろ、相互作用をもたらすものであるとの立場をとる。 過去の出来事に関する「記憶」が、後に「記録」化され、それがさらに後の「記憶」にも影響を与える過程を、本書では様々な具体的事例を用いて紹介している。例えば、今日広く知れ渡っている“事実”(細川ガラシャの自害)が、実は一人の老女の記憶に依るものであったことを明らかにしている。その上で、歴史学が依拠する史料に対して、「記憶」という切り口を導入することで、これまでとは異なる視点で史料を検討することができると指摘する。 本書では、既存の定説を大きく覆すようなインパクトはない。それは「先人の歴史家たちが史料にもとづいて営々と積み重ねてきた歴史叙述は、強靭な生命力をたもちつづけている」(p.26)という著者の言葉にある通りである。しかし、歴史学の生命線ともいえる史料について、もう一度じっくり考えさせられる一冊である。
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