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詩への小路 の商品レビュー

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2013/03/08

流麗とは言えない。逡巡しつつ、行きつ戻りつするかのように、詩への小径をたどる足どりは、孤独な散歩者のようでいて、巡礼の路を行く老修業僧のようでもある。しかし、一歩一歩詩の核心へ躙り寄ろうという気迫は並々ならぬものがある。海彼の詩をこの邦の言葉に置き換える営みは労多くして報われるこ...

流麗とは言えない。逡巡しつつ、行きつ戻りつするかのように、詩への小径をたどる足どりは、孤独な散歩者のようでいて、巡礼の路を行く老修業僧のようでもある。しかし、一歩一歩詩の核心へ躙り寄ろうという気迫は並々ならぬものがある。海彼の詩をこの邦の言葉に置き換える営みは労多くして報われることの少ない仕事である。異国の詩は、異国に咲く花のようなもの、気候もちがえば土壌も異なる外つ国に移しかえて何の花実が咲くものか、とは思うものの、自分の住まう地になくて、異邦の地にあるなら、何とか移しかえてみたいと思うのも人情。かくして翻訳家の悪戦苦闘が始まる。 著者は「内向の世代」と呼ばれる一群の作家を代表する小説家であるとともに、独文学者としてヘルマン・ブロッホの翻訳なども手がけている。不勉強で、小説をあまり読まぬので、作家としての著者を知らない。しかし、外国の詩を原書で繙きながら、一語一語、ギリシャ語、ラテン語の原義と照らし合わせ、詩人の言葉を自分の言葉に置き換える手並みは、生なかのものではない。 思索の人らしく、詩としての韻律に充分注意を払いながらも、その意をくみ取ることに、大半の力は振り向けられているようだ。選ばれている詩人は、リルケ、ボードレール、マラルメ、ヴァレリーといった有名どころから、シラー、シュトルム、ヘルダーリンをはじめとするドイツの詩、アイスキュロスやソフォクレース、ダンテ、夏目漱石まで、さらには10世紀バクダッドの詩人フセイン・アル・ハラージーというあまり知られることのない詩人にまで、その眼は及んでいる。 生まれては死ぬ定めに置かれた人間という存在について、深く問いかける詩が多い。作家自身の年齢を反映してか、人生の晩年に差し掛かった詩人が、生を観想するといった主題のものが多く選ばれているようだ。一つの主題を手がかりに、一人の詩人の詩と別の詩人の詩とを並べて見せ、類似と相違を超え、普遍的な人間存在の深奧に迫ろうとする。そういうと、いかにも難解な感じを受けるかもしれないが、作家の筆はあくまでも謙虚に、これと思う解釈を求めて、あちらの小路こちらの辻と、気儘な足どりで辿るように見える。自分の心の儘に思うさま道草を食い、立ち止まりするのだから、その後を追うのは実に愉しい。 それに何より、その文章が何とも言えず見事である。硬質で揺るぎのない文体でありながら、時には独語のように、時にくだけて、ボードレールの散文詩にいう「内在律」を蔵したかのような微妙なリズム感を醸し出している。原詩からの翻訳は、もちろん作家自身の手になるが、いかにも手慣れた訳出ぶり。中でも、各章で何度も言及され、巻末には訳詩ならぬ訳文が置かれている『ドゥイノ・エレギー』が圧巻。 リルケが、十年かけて書いた十編の詩を、作家は四ヶ月に一編というペースで時間をかけて訳していく。雑誌連載中、年配の読者から自分の生きているうちに第十歌まで読むことができるのか、と問い合わせがあったという。リルケの歌の前後に付された作家自身の随想風文章が、詩への通い路となり、読者の手を引く仕掛け。有名な第一歌冒頭の訳文を次に掲げる。 誰が、私が叫んだとしてもその声を、天使たちの諸天から聞くだろうか。かりに天使の一人が私をその胸にいきなり抱き取ったとしたら、私はその超えた存在の力を受けて息絶えることになるだろう。美しきものは恐ろしきものの発端にほかならず、ここまではまだわれわれにも堪えられる。われわれが美しきものを称賛するのは、美がわれわれを、滅ぼしもせずに打ち棄てて顧みぬ、その限りのことなのだ。あらゆる天使は恐ろしい。 平明でいながら、詩の持つ力動感を失わない見事な訳である。手塚富雄の名訳で有名な『ドゥイノの悲歌』が、新しい謳い手を得て、新たな息吹を伝えてくるではないか。頁を繰る度に、沈潜する思念、翔けりゆく追想、絢爛たる比喩を味わうことができる。菊地信義による装幀はフランス装を模した瀟洒なもの。紙質、活字ともに、詩を愉しむにたる造本である。手許に置かれ、賞翫玩味されんことを。

Posted byブクログ

2011/08/01

http://www.haizara.net/~shimirin/blog/akiko/blosxom.cgi/book/20090514131804.htm

Posted byブクログ