1,800円以上の注文で送料無料

ぼくはこう生きている君はどうか の商品レビュー

3.6

18件のお客様レビュー

  1. 5つ

    1

  2. 4つ

    7

  3. 3つ

    5

  4. 2つ

    1

  5. 1つ

    0

レビューを投稿

2010/08/31

鶴見俊輔さんと重松清さんの対談集。 重松さんはこれは対談ではなくて講義だといっているが、その通り、重松さんを相手に鶴見さんが語るという体裁のもの。 重松さんも第二章くらいから随分積極的な聞き手になってきて、子供の話にたいしてはいくつか面白いエピソードを紹介して、鶴見さんの更なる...

鶴見俊輔さんと重松清さんの対談集。 重松さんはこれは対談ではなくて講義だといっているが、その通り、重松さんを相手に鶴見さんが語るという体裁のもの。 重松さんも第二章くらいから随分積極的な聞き手になってきて、子供の話にたいしてはいくつか面白いエピソードを紹介して、鶴見さんの更なる話を引き出してくれている。 鶴見さんの話は何度も聞き覚えのある話でも、そのエピソードがでるコンテクストによって様々な意味合いをもたらしてくれるから不思議だ。 今回初めて読んだもので面白かったのは、 自殺してもいいの?という鶴見さんの息子さんが発した問いに対する鶴見俊輔風の答え。 「もし強姦をして、証拠隠滅のために女を殺そうと思ったのなら、そのときは自分を殺しなさい。」 とても軽い本で2時間くらいで読めるけれど、鶴見さん入門としては少し物足りない。鶴見ファンの鶴見思想コンプリヘンションのための本と言った方が的確。 今編集者の人たちは、彼の言葉を少しでも残しておこうと必死なのだろうと思う。

Posted byブクログ

2010/06/06

30年後看護師になった「ひこうき雲」の主人公は、当時は人の死というものがどんなに重く、悲しく、悔しいことなのか、その意味を想像できなかったと後悔し、いま終末医療にかかわっていて思うのは、「その日」を見つめて最後の日々を過ごす人は実は幸せなのかもしれない、というんですね。「自分の生...

30年後看護師になった「ひこうき雲」の主人公は、当時は人の死というものがどんなに重く、悲しく、悔しいことなのか、その意味を想像できなかったと後悔し、いま終末医療にかかわっていて思うのは、「その日」を見つめて最後の日々を過ごす人は実は幸せなのかもしれない、というんですね。「自分の生きてきた意味や、死んでいく意味について、ちゃんと考えることができるから」と。そして「どんなに考えても答えはでないけれども、考えることが答えなんだ。死んでいくひとにとっても、あとにのこされるひとにとっても」と。これはすごいと思いましたね。私は非常に感銘を受けました。

Posted byブクログ

2010/05/14

100105by朝日 --- 家族とは、友情とは、人生とは―。日本人をめぐる5つの対話 この国に生きるすべての人たちへ 私たちの進むべき未来へ向けられた、哲学者と小説家のまなざし --- 第1章 子供たちに必要な“二つの物差し” 第2章 家族とは、どんな意味を持つ“場”か 第3章...

100105by朝日 --- 家族とは、友情とは、人生とは―。日本人をめぐる5つの対話 この国に生きるすべての人たちへ 私たちの進むべき未来へ向けられた、哲学者と小説家のまなざし --- 第1章 子供たちに必要な“二つの物差し” 第2章 家族とは、どんな意味を持つ“場”か 第3章 エピソードのない友情は寂しい 第4章 幸せな「老い」を迎えるために 第5章 「師弟」から見た日本人論 --- 『たまたまこの世界に生まれてー半世紀後の「アメリカ哲学」講義』 15 『小学5年生』:鷲田清一が涙 33 『小さき者へ』「フイッチのイッチ」 43 『ぼくのおじさん』北杜夫 61 『回想の人々』戦争中の振舞い 94 109, 『気をつけ、礼』 152 『大人になるって何? 鶴見俊輔と中学生たち』『大切にしたいものは何? 鶴見俊輔と中学生たち』『きまりって何? 鶴見俊輔と中学生たち』 153 --- 18,27,31:同志社人と途中点, 38,63,67-8,89,96:テーマ, 137,144,150,157:背筋を伸ばせば能率も上るよね。

Posted byブクログ

2010/04/21

「ぼくはこう生きている」と言いきれる強さ【赤松正雄の読書録ブログ】  「日露戦争の終わりとともに、この国の『本当の教育』は終わった」「どんな子供でも家のなかでは世界一の有名人」―刺激的な言葉が連発され、ぐいぐいと引き込まれる。鶴見俊輔、重松清『ぼくはこう生きている 君はどうか...

「ぼくはこう生きている」と言いきれる強さ【赤松正雄の読書録ブログ】  「日露戦争の終わりとともに、この国の『本当の教育』は終わった」「どんな子供でも家のなかでは世界一の有名人」―刺激的な言葉が連発され、ぐいぐいと引き込まれる。鶴見俊輔、重松清『ぼくはこう生きている 君はどうか』は軽い本(百六十頁の対談本)だが、中身は重い。87歳の老哲学者と47歳の気鋭の作家が家族、人生、友情、師弟を語りあう。読むものに考えるヒントが次々と放たれる。  今NHKの大河ドラマに嵌ってしまい、『龍馬伝』を毎週DVDで深夜に追っかけている身としては、ペリー来航から「わずか10年の間に混乱の中から指導者が抜きん出てきた」経緯が熱く蘇る。「戦後民主主義教育の失敗」こそ今の教育の最大の問題だとの捉え方に、「戦後じゃあなくて、1905年からの問題」というのは新鮮な響きを持つ。欧米のどの国を見ても、一国のリーダーシップがゲマインシャフト(情緒の通う共同体)から出たところはない。狭い地域の中から、大衆の中から『きみ・僕』の関係が続々と巻き起こってきた―なるほど。日露戦争の勝利に酔っている間に、今日の散々な事態にたどりつく遠因が作られたのだ。百年の孤独ならぬ百年の怠惰といえようか。  鶴見さんと重松さんのほぼ中間の世代に属する私でありながら、鶴見さんの方にこれまで近いものを感じてきた。つまり、重松さんのものは全く読んだことがない。この本を読んでその人物がすっかり好きになった。冒頭の鶴見さんの言葉のあとに「その一言には家族をめぐるすべての主題が含まれている」と解き、「子供をたとえば父親、母親に、夫、妻に置き換えれば」と続ける。いい加減にはとても扱えないではないか。

Posted byブクログ

2010/03/08

なにかに迷っている時に立ち返るために読むとしたらこの本だろう。 鶴見俊輔さんの一言が重く深い。 ヴィトゲンシュタインが師であるラッセルの理論をひっくり返したエピソード、ヘレン・ケラーに会ったときに聞いた話、祖父である後藤新平の話、そして、姉である鶴見和子の話、短い、なにげない...

なにかに迷っている時に立ち返るために読むとしたらこの本だろう。 鶴見俊輔さんの一言が重く深い。 ヴィトゲンシュタインが師であるラッセルの理論をひっくり返したエピソード、ヘレン・ケラーに会ったときに聞いた話、祖父である後藤新平の話、そして、姉である鶴見和子の話、短い、なにげないエピソードだが、どれをとっても、「ぼくはこう生きている。きみはどうか」と問うているようにこちらに突き刺さってくる。 “一番病”を患う現代社会の住民である我々に、「一番である必要があるのか」と問うてくる。 1905年以降、日本の教育はダメになっている。これ以降、「本当の教育」は終わっていると。 ノーベル賞をとるために予算をつけるのは「箱モノ行政」に過ぎないと喝破する。 蓮舫が事業仕分けで言い放った名言「なぜ二番じゃいけないのですか」を思い起こす。 ゲマインシャフト、路地、斜めの関係など、現代社会が失っているものを、取り返すことは、いま、政権が代わり、少しずつ行われているように思う。 これが、前回の不況、失われた10年とは違うところではないか。政権が変わったことも、新しい公共が語られることも、我々には希望である。 *** 「作品を読んできた感想は、何か『鞍馬天狗』を読んできた時のように、心がそこに入っているということで、すでに九十歳に近い私が自分の人生の一部として重松清さん小説を読んでいるということだ」

Posted byブクログ

2010/02/18

”一人で生きられる力をつけさせることが子供を育てるということなんだ”、”だけど子供との関係のゴールに、子供が働く、自活するというのが、親のなかにイメージできていないような気がする”、”失敗できる、一人ぼっちになれるというのは大事なことであるはずなのに、親がよかれと思って、子供を一...

”一人で生きられる力をつけさせることが子供を育てるということなんだ”、”だけど子供との関係のゴールに、子供が働く、自活するというのが、親のなかにイメージできていないような気がする”、”失敗できる、一人ぼっちになれるというのは大事なことであるはずなのに、親がよかれと思って、子供を一人にしない、失敗の悲しみを味わわせない、これが根本的に間違っている” ”どんな子供でも家のなかでは世界一の有名人。家のなかで無名な子供なんていない。そのかけがえのない財産を大切にすること、それが家庭・家族の持つ最大の意味だと思うね”

Posted byブクログ

2010/02/09

鶴見俊輔と重松清の5回にわたる対談(重松氏は講義と呼んでいる) 主に、鶴見氏が語り手、重松氏は聞き手。 正直、私には難しい話もあったが ところどころ、うなずいたり、感心したりして読み進めた。 一番印象に残ったのは「エピソードのない友情は寂しい」の中で 鶴見氏が語った「村八分は魔女...

鶴見俊輔と重松清の5回にわたる対談(重松氏は講義と呼んでいる) 主に、鶴見氏が語り手、重松氏は聞き手。 正直、私には難しい話もあったが ところどころ、うなずいたり、感心したりして読み進めた。 一番印象に残ったのは「エピソードのない友情は寂しい」の中で 鶴見氏が語った「村八分は魔女狩りに比べて相当立派である」 のくだり。読んでなるほどである。また時間をおいて再読したい

Posted byブクログ

2010/01/11

■重松清さんの全作品を感想文にしてブログで挑戦中です。 重松清ファン必見! http://wwjdkan01.blog68.fc2.com/

Posted byブクログ