アグネス の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
神保町の古書店街を散歩していた折に、たまさか手に取った一冊である。特に本書を以前から探していたわけでもなく、ノヴェライズ版である本書のもとの映画を観たことさえない。 カナダの敬虔なカトリック教修道院で、若い尼僧が人知れず妊娠、出産し、さらに生まれた嬰児は直後に殺され、打ち捨てられていた。なぜ男子禁制の修道院から出たこともないのに身籠ったのか? 果たして父親は? さらには舞台がキリスト教の中でも特に厳しい戒律で知られるカトリック教だけに、「処女懐胎」などという言葉も出てくる。きな臭く、後ろめたい秘密を孕んで物語は始まる。 子供を産み、かつ殺したと目されている尼僧アグネスは、はたして本当におのが産んだ嬰児を殺したのか。その責任能力の有無を問うために一人の精神科医が調査を託される。いやいや始めたはずの調査に、精神科医マーサはいつしかのめりこんでゆく。あくまでもアグネスを「聖人」としたい修道院長と処女懐胎などという非科学的な結末など一蹴する構えの精神科医。アグネスを真ん中に据えての両者の対立を軸に物語は進む。大げさにいえば、宗教と科学という歴史的に常に二項対立の関係にある概念に基づく物語である。そこに、登場人物個人に由来する秘密もからみ、ミステリアスな展開となる。 この物語を、カトリック修道院という特殊な環境下での嬰児殺人事件として読むと、あまりにも陳腐で紋切り型の物語となってしまう。むしろ厳しい戒律を課したがゆえに外界と隔絶することでしか禁欲生活を維持できなかった、カトリック教という宗教の一般社会から見た歪みが生み出した事件と見るべきではないだろうか。そこに典型的な科学者たる精神科医マーサが足を踏み入れたとき、これまで外界と隔離され、社会的に無菌環境で生活してきた人々や場所にどのような化学反応が起きるのかをシミュレーションした実験的フィクションといえる。 厳しい戒律を守り、少なくとも部外者からは敬虔な宗教人として「奇蹟」をもたらす神の子であると見せる必要のある修道院の人々。科学的に証明することなどできない神の「奇蹟」、あまつさえ処女懐胎など歯牙にもかけない科学者が、それらの聖職者に挑んでゆく場面こそが、本作品の読みどころだ。科学が進歩するにつれ、それと対立関係にある宗教は、相対的にきな臭さを増す。一方で、そんな現代にあっても、徹底的に神を信じ、神の祝福を得るために帰依する者もいる。 罪を犯した者の責任能力を問うために、精神鑑定を試みる小説は数多くあるが、その拠りどころが宗教、しかも戒律の厳しさでは比肩するものなきカトリックが関与してきたとき、どんな物語が生まれるのか。すなわち、これは宗教と科学の対立から人の内面を炙りだそうとした実験小説なのである。
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尼さんつながり。女子修道院での嬰児殺しが発覚する冒頭、犯人と目される尼僧のイノセンス。尼僧アグネスが健康的過ぎる映画よりノベライズのほうがよくできていて面白かった。
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