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シュリーマン旅行記 清国・日本 の商品レビュー

4.3

54件のお客様レビュー

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2012/07/31

小説家、山本一力氏の推薦です。シュリーマンといえば、ホメロスの「イーリアス」に感動し、自弁でトロイアの遺跡を発見した偉人です。高校生の頃、課題図書「古代への情熱」を読んだ記憶があります。最近は、あまり評判がよくないようで「…子供の頃からトロイアに関心があったとか、語学の天才だった...

小説家、山本一力氏の推薦です。シュリーマンといえば、ホメロスの「イーリアス」に感動し、自弁でトロイアの遺跡を発見した偉人です。高校生の頃、課題図書「古代への情熱」を読んだ記憶があります。最近は、あまり評判がよくないようで「…子供の頃からトロイアに関心があったとか、語学の天才だったとか、自伝に書いてあることはほとんど嘘で、金にあかせて売名をした成果としてその名声がある」(はてなより)そうです。 それでもこの旅行記は名著です。特に日本人にとってはかけがえのない名著です。明治になる直前の日本・中国を活写しています。日本人を語る人には必読の書だと思います。訳者の石井和子氏に深く感謝いたします。備忘します。 日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない。(P.87) 「なんと清らかな素朴さだろう!」初めて公衆浴場の前を通り、3,40人の全裸の男女を目にしたとき、私は叫んだものである。…彼らが浴場を飛び出してきた。誰かにとやかく言われる心配もせず、しかもどんな礼儀作法にもふれることなく、彼らは衣服を身につけていないことに何の恥じらいも感じていない。その清らかな素朴さよ!(p.88) …大理石をふんだんに使い、ごてごてと飾り立てた中国の寺は、きわめて不潔で、しかも退廃的だったから、嫌悪感しか感じなかったものだが、日本の寺々は、鄙びたといってもいいほど簡素な風情ではあるが、秩序が息づき、ねんごろな手入れの跡も窺われ、聖域を訪れるたびに私は大きな歓びをおぼえた。(P.104) …他の国々での経験とは反対に、日本では右側から馬に乗ることになっている…(p.120) 日本の宗教について、観察してきたことから、私は、民衆の生活の中に真の宗教心は浸透しておらず、また上流階級はむしろ懐疑的であるという確信を得た。(p.141) …彼らに対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金を贈ることであり、また彼らのほうも現金を受け取るくらいなら「切腹」を選ぶのである。(p.146) 日本人に対する最大の侮辱は、白装束で訪ねることである。家長が死ぬとすぐに日本人は表札の上に白い紙をかけ、彼の名を覆う。(p.175)

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2012/06/24

トロイの遺跡を発見したかのシュリーマンが日本に来ていた。 商売で巨万の富を得た後1865年3月、世界漫遊の旅を企画し、インドから香港、上海そして日本へと立ち寄る。横浜に同年6月4日に着き、ちょうど1カ月後の7月4日に出港している。その後サンフランシスコへ向かい、その洋上で書かれた...

トロイの遺跡を発見したかのシュリーマンが日本に来ていた。 商売で巨万の富を得た後1865年3月、世界漫遊の旅を企画し、インドから香港、上海そして日本へと立ち寄る。横浜に同年6月4日に着き、ちょうど1カ月後の7月4日に出港している。その後サンフランシスコへ向かい、その洋上で書かれたのがこの旅行記である。トロイの遺跡発掘は1871年。 横浜の外国人居留地のホテルに宿泊し、八王子に出かけている。江戸へ行くには臨時の代理公使ポートマンの招待状がないと行けなかったが、グラバー商会のつてで手に入れ、江戸へと出かける。 約1カ月の間にちょうど、時の将軍家茂が上洛し、その行列を見たり、街並や暮らしぶりなどが詳細に語られ、当時の様子を知る手掛かりとしてとても貴重だ。日本間が、茶の間、寝室と早変わりできるのを特質として捉え、異質な日本文化を排斥する考えではない。わずかな滞在なのに、「民衆の心に真の宗教心は根付いておらず、むしろ上流階級は懐疑的」などと鋭い観察だ。 イザベル・バートの「日本奥地紀行」、フランツ。フェルディナンドの「オーストリア皇太子の日本日記」、エセル・ハワードの「日本見聞録」と、幕末から明治に書かれたものだが、どれも日本に対して好意的な感想なのが興味深い。 

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2012/04/11

トロイア遺跡の発掘で著名なシュリーマンが世界一周旅行をした。この本は、そのときの中国(清)と幕末日本の旅行記になっている。中国では万里の長城に登り、日本では当時外国人の出入りが制限されていた江戸を見聞している。当時の中国はアロー号事件で円明園が焼かれた後で、清朝の衰退がハッキリし...

トロイア遺跡の発掘で著名なシュリーマンが世界一周旅行をした。この本は、そのときの中国(清)と幕末日本の旅行記になっている。中国では万里の長城に登り、日本では当時外国人の出入りが制限されていた江戸を見聞している。当時の中国はアロー号事件で円明園が焼かれた後で、清朝の衰退がハッキリしてきた時期にあたる。日本はというとペリーが来航して横浜に港が作られて以来、攘夷の風が吹き荒れている。 「外国人が見た日本」というカテゴリの中では、中国との(構成上の)対比もあってなかなか読み応えがある。簡単に言うと、「混沌・衰亡の危機にある中国」と「清潔だけれど警察国家の日本」という対比だ。シュリーマンは描写が上手いから、ゴミ溜めのような中国の描写と、清潔で驚きに満ちた日本の描写は表面的で、結局のところ「どっちもどっち」というのがシュリーマンの感想だったと思う。 シュリーマンの慧眼は、身一つで国際的な大商人になった男の知性から滲み出ている。そういう人物にとって日本が「文明化されていない」と感じた理由は、そのまま現代まで通じているのではないだろうか。ただ単に物見遊山の旅行記にはカテゴライズできない重みがあると思う。 何も考えずに読むのも面白いけれどね。シュリーマンは入れ墨フェチなのか? あと、人足に皮膚病が多いというのも何でだろうと思った。

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2012/03/15

幕末当時の江戸、横浜、八王子の風俗を知る貴重な史料。当時の日本人であれば当然過ぎて史料として記述されることもなかったと思われる詳細な記述に富んでいる。現在の日本人からみても不思議な風俗が浮かび上がる。(例えば風呂屋から裸で飛び出してくる人々など。)それにしても当時の日本と中国の政...

幕末当時の江戸、横浜、八王子の風俗を知る貴重な史料。当時の日本人であれば当然過ぎて史料として記述されることもなかったと思われる詳細な記述に富んでいる。現在の日本人からみても不思議な風俗が浮かび上がる。(例えば風呂屋から裸で飛び出してくる人々など。)それにしても当時の日本と中国の政治状況や市民の文化的状況の違いが際立っていることがはっきりする。しかし、これはどちらが良い悪いということでは全くないということに注意を払うべきである。日本は鎖国的な政策を取り続け、阿片などによる腐敗や 侵犯からは守られたものの、国際化の神髄を得ることもついになかった。この後に続く明治維新から現代に続く近代史を風俗の視点から学んでみたいものである。このような貴重な史料がごく最近まで眠っていたことと、それを掘り起こした訳者を初めとする方々に敬意を表したい。また作者であるシュリーマンの生涯にも興味が湧いてきた。

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2012/02/18

トロイの遺跡発掘で知られるシューリマンは若くして巨万の財をなし、世界中を旅行た。なんと幕末の日本も訪問していた。トロイ遺跡発掘の5年前のことである。 シューリマンは独学で10数カ国語をマスターし、商才も優れた天才的頭脳を持つ人物だったそうだが、旅行記の記述からもその優れた観察眼は...

トロイの遺跡発掘で知られるシューリマンは若くして巨万の財をなし、世界中を旅行た。なんと幕末の日本も訪問していた。トロイ遺跡発掘の5年前のことである。 シューリマンは独学で10数カ国語をマスターし、商才も優れた天才的頭脳を持つ人物だったそうだが、旅行記の記述からもその優れた観察眼はすぐわかる。日本語の読み書きはほとんど出来なかったようだが、洞察力は極めて精緻で、分析は現代的ですらある。先だって訪れた清国では「すばらしい歴史を持ちながら、克己心なく不潔で腐敗している」と両断にしたが、続いて訪れた日本を「西欧をしのぐ優れた国」と「社会秩序、文化、人間性」などあらゆることについて絶賛している。シューリマン以外の当時の訪問者がほぼ同様の記録を残しているのは誇らしいが、振り返って今の日本と日本人はどうかなあ...

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2012/02/04

トロイア遺跡の発見で有名な著者が日本を訪れていたことを知らなかった。個人的には「古代への情熱」よりも面白かった。幕末日本の様子がよく分かります。

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2014/02/27

【内容】 シュリーマンの清・日本のについての旅行記。 彼の世界周遊の紀行文を清・日本の部分のみ 原文から抜き出し訳したもの。 ときはペリー来航後の幕末。 話しは旅の途上から始まっている。 清から日本にわたりカリフォルニアに向かう 船にのるところまで。 旅の過程やそこで見聞きし...

【内容】 シュリーマンの清・日本のについての旅行記。 彼の世界周遊の紀行文を清・日本の部分のみ 原文から抜き出し訳したもの。 ときはペリー来航後の幕末。 話しは旅の途上から始まっている。 清から日本にわたりカリフォルニアに向かう 船にのるところまで。 旅の過程やそこで見聞きした風俗について 語られている。 シュリーマンについて ドイツ の考古学者 、実業家。 ギリシャ神話 に出てくる伝説 の都市トロイア が 実在することを発掘によって証明した。 ※ wikipediaより 【コメント】 この本を手に取ったときの自分の興味は、 「 幕末の日本は、外人にはどの様に映ったのか 」 ということだ。 彼は西洋人であり貿易商でもあったため、 その視点・価値観で旅で経験したことの感想が のべられている。特にいちいち金銭に換算して コメントしていたりする。 話しが清国から始まるため、自然と当時の 清と日本を比較するかたちでものを見ることになる。 西洋各国が植民地を広げようとしていた時代に 清国は退廃し日本はそれなりに豊かに生活できていたようだ。 今の自分の視点は西洋化されていて、シュリーマンに 近いのかもしれない。本を読みながら彼の視点で 彼と一緒に興味を持ち、 彼と一緒に驚く。 当時の日本文化もすてたものではない。 ものはなくても豊かだ。町並みは清潔で、 そこに暮らす人々は正直で礼儀正しい。

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2011/12/21

 トロイア遺跡を発見する6年前のシュリーマンが中国と日本に来た時の旅行記。1865年の日本がどんなだったのかが外国人の目から描かれてる。「大道芸すげー!」「唐人唐人って騒がれてうぜー!」「みんな真面目すぎでうんざり」とか。  正座のことを「踵の上に座ってる」って表現してたのがお...

 トロイア遺跡を発見する6年前のシュリーマンが中国と日本に来た時の旅行記。1865年の日本がどんなだったのかが外国人の目から描かれてる。「大道芸すげー!」「唐人唐人って騒がれてうぜー!」「みんな真面目すぎでうんざり」とか。  正座のことを「踵の上に座ってる」って表現してたのがおもしろかった。たしかにそうだ。

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2011/10/18

あのトロイア遺跡を発掘したシュリーマンが、1865年、清と維新前の日本を訪れていた。 それだけでも驚きなのだけど、当時の清と日本の様子を克明に、しかも詳細に淡々と書き残していたこともすごい。これを読んでいると、わずか150年くらい前のことだけど、正確なことがよくわからないあいま...

あのトロイア遺跡を発掘したシュリーマンが、1865年、清と維新前の日本を訪れていた。 それだけでも驚きなのだけど、当時の清と日本の様子を克明に、しかも詳細に淡々と書き残していたこともすごい。これを読んでいると、わずか150年くらい前のことだけど、正確なことがよくわからないあいまいな時代のことが、目の前に浮かぶような気がした。 日本については、シュリーマンは横浜と江戸、そして八王子などの江戸近郊を訪問している。読みながら、根本的なところで「日本」は変わっていないんだな、と思った――時に融通の利かない職務への忠実さ、清潔さへのこだわり、チップ(というか賄賂?)を受け取ろうとしない矜持の高さ、など。 寺には娼婦の絵が何枚も飾られていて、「日本では娼婦は軽蔑の対象ではなく、崇められる存在」と書かれているのだけど、そうだったの? とすれば、その記憶はどこかで断ち切られちゃったのかしらね。 清については……わりと批判的だった。不潔さと女たちの纏足についての記述が、印象的。舗装されていない、一部崩壊しかかっていた万里の長城を、一人ででも登ろうとするシュリーマンの好奇心の強さに敬服。 そう、シュリーマンは並外れた探究心と好奇心で異文化の国でさまざまな体験をするのだが、「非キリスト教徒だから野蛮で非文明的」というありがちな予断を持っていないし、「洗練された欧米文化から異文化を見下す」といった傲慢さや偏見もない。清に比べて日本については好印象を抱いているのは明らかだけど、だからといって清をこき下ろしているわけではない。非常にフェアな視点で、日本と清の様子をイキイキと書き綴っているのが、本当に素晴らしいと思った。 翻訳も巧みで、引っ掛かりもなくなめらかにスラスラと読めるのもよい。

Posted byブクログ

2011/10/10

第一章で描かれている清国の惨状と治安の悪さ。そして多民族国家ゆえの質(というべきか?)の違い。英仏による侵略のものなのかそれとも元々の民族性なのかはわからんが都市部に近いほど風俗の乱れやくだらない縛りが目に付き長城など都心から離れた地域のほうが自由闊達な感じが受ける。今でもそうだ...

第一章で描かれている清国の惨状と治安の悪さ。そして多民族国家ゆえの質(というべきか?)の違い。英仏による侵略のものなのかそれとも元々の民族性なのかはわからんが都市部に近いほど風俗の乱れやくだらない縛りが目に付き長城など都心から離れた地域のほうが自由闊達な感じが受ける。今でもそうだが、ちょっと前に読んだ続・パチンコの経済学で中国人は世界一の博打好きと書かれていたがこの本でも同じようなことが書かれている。江戸と明治を境に日本の国民性ががらっと変わったのを思うと中国の終始一貫してるとことはすごいな、と。

Posted byブクログ