山の音 の商品レビュー
戦後の家族像。 老いを感じ始めた真吾の背徳的な愛情が、淡々とだけれどじょうずに描かれている。妻保子の姉への郷愁や息子の嫁菊子への仄かな想いは、誰しも少なからず持ち合わせているような小さな秘密の感情。 息子修一の少し身勝手なところや、姉房子のうらぶれたところ。破綻した夫婦関係のなか...
戦後の家族像。 老いを感じ始めた真吾の背徳的な愛情が、淡々とだけれどじょうずに描かれている。妻保子の姉への郷愁や息子の嫁菊子への仄かな想いは、誰しも少なからず持ち合わせているような小さな秘密の感情。 息子修一の少し身勝手なところや、姉房子のうらぶれたところ。破綻した夫婦関係のなかで、それでも家族に囲まれ家族を求めて生きているようだ。 真吾の妻保子の、でしゃばりすぎず、それでも我慢の中で愚痴をこぼしたりする様はとても日本っぽいなぁと感じた。 再読必至本。
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深夜ふと響いてくる山の音を死の予告と恐れながら、信吾の胸には昔あこがれた人の美しいイメージが消えない。息子の嫁の可憐な姿に若々しい恋心をゆさぶられるという老人のくすんだ心境を地模様として、老妻、息子、嫁、出戻りの娘たちの心理的葛藤を影に、日本の家の名状しがたい悲しさが、感情の微細...
深夜ふと響いてくる山の音を死の予告と恐れながら、信吾の胸には昔あこがれた人の美しいイメージが消えない。息子の嫁の可憐な姿に若々しい恋心をゆさぶられるという老人のくすんだ心境を地模様として、老妻、息子、嫁、出戻りの娘たちの心理的葛藤を影に、日本の家の名状しがたい悲しさが、感情の微細なひだに至るまで巧みに描き出されている。戦後文学の最高峰に位する名作である。川端康成さんがこんなにがっつり家族ものを書いているとは知らなかった。 年齢は六十代くらいの信吾は妻の保子の姉を好きだった気持ちから、妻を見ては時々思い出したり、嫁の菊子にほのかに可愛らしさを感じたり。 この主人公、いやもうすでにこの小説自体が、妻の保子に関する記述が少ない。数少ない部分を見ると、保子はユニークで、いろんなことに知識も深く、家族への愛情も深く、とても素敵な女性なのだが、信吾は妻をほとんど見ていない。どうして戦後の女性の妊娠を扱ったプロットって互いに似てくるのでしょうね。蛇の卵や聖少女のイメージの濫用とか太宰治『斜陽』にそっくりだし、その『斜陽』を介して、家のゆっくりとした崩壊が書かれてあるところは三島由紀夫『美しい星』に似ている。それらを貫くのは「処女懐胎」とテーマと、こじらせた男性性のテーマです。単調とは言えば単調ですが、現在まで続く何かしらの「型」を感じさせます。更に信吾の恋愛観の根底には妻・保子の姉、若くして亡くなった美しい女性への憧憬がある。息子・修一、その姉・房子ともに夫婦関係は破綻しており(修一の場合は菊子の忍従により辛うじて保たれている)、それを仕方のないようにおろおろと見ている保子の存在も、日本の主婦の一つの典型でした。中盤以降、日常生活に戦争の影が落ち続けるが、解説に引かれる川端の言葉「私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない」が全てなのだろう。本作と時代を同じくする大岡昇平の武蔵野夫人でも戦後に家族関係の法律が激変した旨を登場人物に語らせており、当時の文化人の一大関心事だったことがうかがえる。また鎌倉と武蔵野の違いはあれど、両作品とも自然描写が素晴らしいと感じた。一族三世帯、英子や絹子など合わせると実に多くの人間が出てくるのだが全ての人物を人間として書けていてすごいと思った。簡潔にまとめると老いを感じ始めた男のお話。どんな意味を象徴しているのかを考えながら読む小説も楽しい。家という形の崩壊の話なのだろうか。家族を作っても妻の亡くなった姉を忘れられず、本当の心はここにあらずな男は、夫、父としての役割も果たしておらず、同居する息子は外に女を作り、その妻はプライドから堕胎を選ぶ。戦争で価値観が一変してしまった故の歪みなのか、隠している人間の残酷性なのか、なかなか乱れている。
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川端康成、と聞くとノーベル文学賞受賞作家というイメージが先行するが実際に作品を読んでみると青春の切なさを描いたと思えばなんとも前衛的でエロティックな作品もある。 しかしこの「山の音」は正しくノーベル文学賞受賞作家というイメージに嵌まった作品のように思える。 戦後という私たちからは...
川端康成、と聞くとノーベル文学賞受賞作家というイメージが先行するが実際に作品を読んでみると青春の切なさを描いたと思えばなんとも前衛的でエロティックな作品もある。 しかしこの「山の音」は正しくノーベル文学賞受賞作家というイメージに嵌まった作品のように思える。 戦後という私たちからは遠くなってしまった舞台において息子や娘からの生の暴力(私からは彼等の起こす騒動が老人に対してのひどい暴力に思えた)と友人たちからもたらされる死の足音をあるがままに受け入れ思案する主人公は少し遠い存在に思えるが人間とはそういうものだ、と思わずにはいられない。 また、私はこの作品において主人公の息子と娘をなんてだらしなくみっともないのだろうとひどく嫌悪したが主人公に対してはさほど嫌悪感や憤りを感じなかったのが奇妙だった。
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かつてそれが当たり前だと思われていた家族像が瓦解してゆく様と主人公である信吾の死の予感、彼が睡眠中に見る数々の夢が折り重なった本作品はある時代の終焉を告げているかのようです。息子の嫁である可憐な菊子の存在によって、信吾が今でも忘れられない、昔憧れていた美しい女性のイメージが幾度も...
かつてそれが当たり前だと思われていた家族像が瓦解してゆく様と主人公である信吾の死の予感、彼が睡眠中に見る数々の夢が折り重なった本作品はある時代の終焉を告げているかのようです。息子の嫁である可憐な菊子の存在によって、信吾が今でも忘れられない、昔憧れていた美しい女性のイメージが幾度も喚起され、彼女の面影や美しさを実の娘、妻、孫にまで願望のようにふと求める彼はとても残酷に思えました。信吾は己の内にあるアニマを求めていたのでしょう。老醜という言葉が度々登場しますが、それは信吾をさして言っているというよりも、川端からみた世の中がそう見えたのかもしれません。全編にわたって薄らと不吉な死の影がゆらめいていますが、終わりの方で信吾が口にする「自由」という言葉に、複雑な事情を抱えて一つ屋根の下で暮らしている家族の新たな門出、旧来の家族像の崩壊を予感させます。移り変わり、終わりゆく一つの時代を静謐な悲しみの目で見送る川端の瞳が見えるようです。
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日常生活があんなに淡々と描かれていながらも、そこに大小の波が打ち寄せては引いていって気持ちが揺り動かされる、そんな感覚を覚えた。 戦後文学だからか、家族のあり方が現代とは違っていて、共有できる感覚があまりない。けれど、主人公真吾の老いに対する恐れや、息子の妻と妻の姉へ抱く自分の欲...
日常生活があんなに淡々と描かれていながらも、そこに大小の波が打ち寄せては引いていって気持ちが揺り動かされる、そんな感覚を覚えた。 戦後文学だからか、家族のあり方が現代とは違っていて、共有できる感覚があまりない。けれど、主人公真吾の老いに対する恐れや、息子の妻と妻の姉へ抱く自分の欲望への羞恥だとか、そういうものをまざまざと浮かび上がらせて、読者に読ませて感覚を共有させる手腕が、さすがだあと思った。 説明的な文章はそんなにないのに、出てくる登場人物それぞれが肉厚で立体的で、川端康成はきっと己自身と自分の文学に真っ向から向き合い続けた人なんだろうなと感じた。とても洗練された文章だった。 物語自体は中々に生々しくて、全く爽やかではないのに、読後感が清々しいのは、美しい日本語だったからだろうか。さらりとこんなものを読ませるなんて、凄いな。
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『山の音』は、日本の家庭の複雑な人間の心情を巧みな表現で描き出しています。 主人公、信吾の悲しみは、死の予告とも感じられる山の音を聞くことに始まる。死に恐怖しながら老境に至りより鮮明に美の観念に傾倒してゆく。 美しさを愛するが故に、信吾の不幸せがあるとも思われ悩ましいところで...
『山の音』は、日本の家庭の複雑な人間の心情を巧みな表現で描き出しています。 主人公、信吾の悲しみは、死の予告とも感じられる山の音を聞くことに始まる。死に恐怖しながら老境に至りより鮮明に美の観念に傾倒してゆく。 美しさを愛するが故に、信吾の不幸せがあるとも思われ悩ましいところでもあります。 信吾の想いは、老妻の美しい姉の面影と、若く美しい息子の嫁への恋心に揺れる。 対して、器量の悪い出戻りの娘を不憫と感じながらも、実の娘より若く愛らしい嫁を可愛がる。 愛人をつくる美男の息子。信吾もあきれる程の非情。 様々な人間模様のなかで信吾は、親の生涯の成功か失敗かは、子供の結婚の成功か失敗かにもよると言って奔走します。 繊細な心理を美しい自然の描写に昇華させた、味わい深い趣のある物語でした。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
身近な自然の移り変わりの中で、 微妙にすれ違う家族の心。 現代よりもゆったりとした、 何気ない日常生活の中で、 義父と嫁の間で育まれる愛。 ハラハラ・ドキドキするような展開はないけれど、 モヤモヤっと、心を動かされ、 気づくと感情移入している自分がいる。 不思議な読後感。
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はじめての川端康成。2002年ノルウェーブッククラブ「世界最高の文学100冊」源氏物語と共に日本から選ばれた。戦後まもなく鎌倉を舞台に、家長の60才過ぎの目を通して妻の亡くなった姉への淡い恋心が若い嫁に蘇ったり揺れ動く家族を情景豊かに描いてます。
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作者の思考・推測が面白かった。修一が、菊子は自由だと言ったが、それが信吾が菊子を自由にしてやれという意味を含んでいたとは、、、。私もよく人の真意を探ってしまうが、信吾に比べたらかわいいもんだ。信吾は、自意識過剰とも言えるし、観察力が鋭いとも言えるし、老人はこんなこと考えているのか...
作者の思考・推測が面白かった。修一が、菊子は自由だと言ったが、それが信吾が菊子を自由にしてやれという意味を含んでいたとは、、、。私もよく人の真意を探ってしまうが、信吾に比べたらかわいいもんだ。信吾は、自意識過剰とも言えるし、観察力が鋭いとも言えるし、老人はこんなこと考えているのか、、、。日本文学はいいな。
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草木への心象描写は作者の自然美に対する精神性が垣間見れた。まさに四季に寄り添う家族の肖象があった。 初老の男が亡き者の美しい面影を義娘へ投影し、淡い恋慕に戸惑うのだが...死を目前にしても迷いがあり、侘び寂びがあると「山の音」が囁きに聞こえた...
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