本格小説(下) の商品レビュー
これを読み終わった知人の勧める言葉があまりに熱烈だったので、惹かれて手に取る。 まず普段翻訳ミステリばかり読んでいる目に、古風で流麗な日本語が気持ちよく、そちらにうっとりする。 そしてまた、著者の自伝らしきまえがきも面白く、これがこんなに面白いのに、本編がどのように始まるのだろう...
これを読み終わった知人の勧める言葉があまりに熱烈だったので、惹かれて手に取る。 まず普段翻訳ミステリばかり読んでいる目に、古風で流麗な日本語が気持ちよく、そちらにうっとりする。 そしてまた、著者の自伝らしきまえがきも面白く、これがこんなに面白いのに、本編がどのように始まるのだろうかと思っていたら。 これがもう、面白くておもしろくて、ただ、こればかりを読みふけるわけにもいかないので遅々としてページが進まない(通勤電車に持って歩くには重かった)のが何とももどかしく…。休み時間に読んだ小説の続きが気になって仕方ない授業中、のような感覚。寝ても覚めても、どこかがこの小説の世界とつながっているような感覚をずっと持っていた。 斉藤美奈子氏によると、すべてを読み終えてから冒頭を再読すべきとのこと。さあ、読み終わった今、ふたたびその楽しみに浸ることとしよう。 これからは、数十年前に読んだきりで、しかも内容をおそらくさっぱり理解していない『嵐が丘』を読み、水村さんのほかの著書を読むことを楽しみとして読書計画を進めていくことにする。 この本を教えてくれた知人にはひたすら感謝である。
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まさに「嵐ヶ丘」! 面白かった 読み終わったのが寂しい(´・_・`) もっとこの雰囲気を味わい続けていたい
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日本現代文学史に残る傑作。粗筋だけを言えば恋愛小説といって何ら差し支えはないが、ここにはそうしたカテゴライズに収斂できない何かがある。 文学の一つの楽しみ方は、後世に残された我々が文学作品を通じて当時の世相を追体験できることである。そうした意味において、この作品を読んだ100年...
日本現代文学史に残る傑作。粗筋だけを言えば恋愛小説といって何ら差し支えはないが、ここにはそうしたカテゴライズに収斂できない何かがある。 文学の一つの楽しみ方は、後世に残された我々が文学作品を通じて当時の世相を追体験できることである。そうした意味において、この作品を読んだ100年後の人々は昭和という時代の美しさを追体験できるのは間違いがない。 そして現代に生きる我々の使命は、こうした優れた文学作品を100年後にも残すよう、適切な評価を下すことだと思う。 文学技法的に言えば、所謂「信頼できない語り手」(現代作家ではカズオ・イシグロの作品に多く見られる)を用いることにより、読者を最後の最後まで裏切り続ける手練が見事。日本語表現の持つ美しさを楽しめるという点でも、川端康成にも通じる世界観がある。また、ある一時代を舞台にした家族史という見方をすれば、北杜夫の「楡家の人びと」にも近い。 文庫本で、上下巻合わせて1200ページ弱。読了に時間はかかるかもしれないが、それに見合う価値はある作品。
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誰一人として満たされ尽くすことなく、時代に翻弄される。救いようのない話ではある。 とはいえその救いようのなさとそれゆえの感動を、冗長さを感じさせずにここまで喚起出来るのは、さすがの名作ゆえんか。 小田急線に乗るのが、ちょっと楽しみになるかも。
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果たして東太郎は実在するのか、架空の人物なのか。 著者が最初に断っているように、これは私小説ではない。本筋に入るまでの長い話は私小説の形式を取っているようだが、これはあくまで後半の本格小説への導入部と考えるべきである。 著者はおそらく、どこまでもフィクションのリアリティを表現す...
果たして東太郎は実在するのか、架空の人物なのか。 著者が最初に断っているように、これは私小説ではない。本筋に入るまでの長い話は私小説の形式を取っているようだが、これはあくまで後半の本格小説への導入部と考えるべきである。 著者はおそらく、どこまでもフィクションのリアリティを表現することにこだわった。導入部の私小説に架空の人物を紛れこませることで、煙が形を持って実体化するように、その人物があたかも実在したかのように読者に錯覚させる。 そして後半の本格小説に突入する。仮に、これが東太郎の目線で語られる話だったら、リアリズムは逆に薄れてしまったであろう。旅行者、女中と話し手を介することによって、彼の壮絶な人生を巧妙に描き出すことに成功している。 もちろん、著者の美しい描写力があってこその手法なのだろうが。 戦後の古き良き時代。家督を享受して優雅に暮らす三姉妹と、どん底からはいあがる少年。その凄絶さに惹かれた少女、少女の成熟を守りつづけた青年。そして女中という身分を懸命に果たした女性。様々な人生が交錯するさまは、一大叙事詩を眺めているようでした。いつまでも心に残る、よい小説です。
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水村版「嵐が丘」の下巻。 本編のストーリーに関して言えば、正直なところ私は白けた目で見てしまっていてどうにも入り込めなかった。 見た目も性根も大して美しくない(失礼な言いぐさだけど本当にそういう設定なので仕方ない)女性に対して、とてつもなくレベルの高い男2人(しかも、片やどこまでも優しい生粋のお坊ちゃま、かたや己の実力だけで成り上がったワイルドな青年…だなんて、今どき少女マンガにも登場しなさそうな完璧度合)が共に心を寄せて、しかもその3人の不思議な不倫関係は一層の仲の良さで保たれる…とか…一部の女性の理想かもしれないけれど、私には現実感が無くてイマイチ乗り切れなかった。 ただ、最後の最後に舞台を現代に戻した時、このストーリーに一つとてつもない隠し事があったことが明らかにされる。 そのことに関しては私は全く思い至らなかったので、ここは作者の鮮やかな手口にまんまと騙されてしまった。 読み終わってから考えてみると、「本格小説の始まる前の長い長い話」は、「今から始まる話には一切の隠し事もウラも存在しませんよ」という暗示をかける効果があったということか。
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正に、巻をおくにあたわず、という感じ。すっごく面白かった。『風と共に去りぬ』を読んだ時のような、大河ドラマの醍醐味を体験した。 (たまに純日本文学を読むと、普段海外ミステリばかり読んでいるせいで、 すっかり頭が悪くなってしまったような気がした。) 読みやすく古風で美しい言葉に圧倒され、この小説独特の構成の妙に、 憎いくらい天晴な思いがして、ラスト鳥肌が立ち、『あとがき』すら、ひょっとして、 ギミック的な役割を果たしているのでは、等とあざとい考えが湧いてきてしまった程。 どこまでが事実で、どこまでが虚構なのか…。そんなことはこの際どうでもいいのに。 実際、タイトル『本格小説』の凄味に負けぬ、本格小説たる本格小説といおうか。 読後、すぐにでも上巻を再読したくなった。(構成柄、伏線も多いし。) そもそも、戦後の日本とか、三バアサンとか、本の紹介のそんなキイワードに ためらいがあったのに、いつしかすっかりのめり込んでいた。 三バアサンはみな美しく、華やかで、金持ちで、戦後の暗いイメージは微塵も感じず。 冒頭の『本格小説の始まる前の長い長い話』で完全に心を鷲づかみにされ、 上巻の後半からは、主人公の東(あずま)太郎が気になって気になって仕方がなくなり、 下巻は東太郎とよう子とフミエのその先が気になり、一気読み。 とはいえ、いつもの癖で勿体なくて少しずつしか読めない。 ラストは東太郎の孤独とトミコの孤独が暫く尾を引いてしまった。 何か亡霊にとり憑かれてしまったみたいに、私の魂までが追分に浮遊していく。 と同時に、長い長い一時代が終わったという重みをずっしりと感じた。 そして、NY以外はどこも知っている場所ばかり。 やはり日本の小説は、翻訳物と比較して圧倒的なリアルさで迫ってくる。 私の『脳内劇場』では、そのリアルな映像が未だにクルクルまわっていて、 一夜明けた今でも、心がざわついて止まらない。 毎度のことながら、現実との境目がすっかり怪しくなってしまった…(苦笑)。 早速、Amazonで彼女の別の作品を注文した。 『私小説』と『手紙、栞をそえて』の2冊。 (以下、ネタバレ) ラストで冬絵がたまらず吐露したフミコと太郎の関係について。 私は単に恋愛経験の薄い冬絵のフミエに対する浅からぬ羨望とも妬みともつかない潜在意識から来た思い込みじゃないかと思う。状況証拠もある上、アパートの下世話な隣人の話を鵜呑みにし、春絵の勘繰りもあり、長い歳月をかけて妄想が醸成された結果ではないかと。遂には土地贈与の動揺も手伝い、今それを言葉にしないでいると、どうかなってしまいそうな気持になり、思わずよそ者の祐介に漏らしたのだと思う。 太郎に対する恋心がフミエにあったかと言えば、あったと思う。でも保護者としての自覚から、切なくも必至に恋心を隠して母のように振る舞っていたけれど。それに、お祖母さまの遺言もあるしで、よう子と成就することは心から願っていたのだろうな。だから、ズバリ、関係はなかったと思う。(願望的憶測でしかないけれど。) 一方、太郎もフミコには特別な感情はあったと思う。母代り、姉代り、頼みの綱、それ以前に人間としての愛情や恩義ではない心からの感謝の気持ち故、土地を譲ったりせめてもの想いでお金を譲ったり、仕事を与えたりと。 それしか出来なかった太郎だから、大金を渡された時、フミエは怒ったりせずにそこは理解してほしかった。でもそれもこれもフミエの性格ね。太郎もそう。お互い不器用だなーと思った。
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下巻も前半は典雅な展開が続くが、よう子と太郎の恋愛が隠せなくなってきてから、話も激しく動くようになる。また、語り部である女中のフミ子が、次第に存在感を増し、それが「信頼できない語り手」となる様は、本家の嵐が丘と比べても見劣りしないレベルだ。 総じて見ればよくできた小説だが、改め...
下巻も前半は典雅な展開が続くが、よう子と太郎の恋愛が隠せなくなってきてから、話も激しく動くようになる。また、語り部である女中のフミ子が、次第に存在感を増し、それが「信頼できない語り手」となる様は、本家の嵐が丘と比べても見劣りしないレベルだ。 総じて見ればよくできた小説だが、改めて「嵐が丘」という150年以上前に書かれた小説の凄みを感じさせるものでもあった。
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すでにだいぶ前によんでブックオフ行き。 オリンパスが騒がれているので、この本のことを思い出した。 太郎ちゃん、大変なことになってますよ(笑)
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ニューヨークで、運転手から実力で大金持ちになった伝説の男の数十年にも及ぶ悲恋の物語。 愛するということに切なくてやりきれない気持ちになります。 読後も余韻の残る物語でした。所々に差し挟まれた写真が想像力を一層広げてくれます。
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