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クアトロ・ラガッツィ の商品レビュー

4.3

18件のお客様レビュー

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2012/08/26
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

夏休みの課題図書として選んでみたけどボリュームが大きくて返却期限を1日過ぎでの読了。日本の戦国時代とヨーロッパの大航海時代を、宣教師達の活動と、その宣教師達からキリシタンやラテン語の教育を受けた日本の少年達がスペイン国王やローマ法王に謁見しに行く壮大な航海(リスボンまで2年半!)で結びつける超大作。読み応えタップリ。少年達のヨーロッパへの冒険は成功をおさめるが、帰国後は徳川幕府のキリシタン迫害による暗黒の時代に突入。読み終わった後味がドンヨリする。

Posted byブクログ

2020/07/15

日本には古くから赤子殺し、間引きの習慣があった。しかし、おそらく死生観や世界観の相違のためであろう、日本では間引きは「子返し」と呼ばれて、比較的罪悪感なしに行われていたのだという研究がある。日本には「七つまでは神のうち」ということわざがあって、幼い子供の生命はまだ神の世界(あの世...

日本には古くから赤子殺し、間引きの習慣があった。しかし、おそらく死生観や世界観の相違のためであろう、日本では間引きは「子返し」と呼ばれて、比較的罪悪感なしに行われていたのだという研究がある。日本には「七つまでは神のうち」ということわざがあって、幼い子供の生命はまだ神の世界(あの世)とこの世の境界線上にいるので、間引かれた赤ん坊はまた神の世界にもどってゆくし、また生まれ変わることもできるという世界観があったそうだ。(p.25) 日本および中国における布教状況はそのほかの国とはまったくちがっていたのである。まず第一に、日本も中国もヨーロッパの政治的権力の圏外にあったこと。いわゆる「外部世界」であたことだ。第二に、ここでイエズス会は、「とびぬけて進んだふたつの文明」と初めて遭遇した。ロス氏によれば、「キリスト教の何世紀にもわたる布教のなかでイエズス会ははじめて西欧文明と同等の高さをもつ文明と出会った」。だからここでは西欧側の発想の転換が求められたのである。(p.96) なぜ世界布教なのか。第一の理由は、カトリックがヨーロッパ内部で多くを失ったからである。それをヨーロッパ内部で回復することはきわめてむずかしかった。だが、折しも、時代は大航海時代に入っていた。世界は広大になり、ヨーロッパは小さくなった。新しくスペインが植民した南部・中部アメリカへ、イエズス会は無限の新しい魂を求めて、カトリックを世界規模に広げることを理想とした教団だった。中心人物のロヨラがスペイン人だったことは偶然ではない。(p.106) 天皇はそもそもどうしてその最高の権威をもっていたのかといえば、それはなんといってもこの国の呪術的な宗教の主宰者であったからである。古代において天皇の先祖を神とする神話が生み出され、そこから天皇の祖先神がこの国の創造主であって、その祭祀つまり神祇は天皇によって行われることに決まっていた。だから天皇はただ神の子孫というだけではなく、日本の国土やその産物を支配する呪術的な性格をもった、人間を超えた超存在、つまり広い意味で宗教的な存在であった。(p.174) イタリアの政治学者マキャヴェッリは有名な『君主論』のなかで、暗殺の失敗の原因のおもなものは、謀議に加わった人間が数多いということ、そこから情報がもれるということだと書いている。明智はしばしば反乱の経過にかかわっていたので、これらの失敗から学び、信長が城にいないことと、謀議を味方に打ち明けないこととを実行し、成功したのである。(p.199) 教皇庁にとってだいじなことは、使節を、宗教改革に対抗するカトリック教会の勝利を宣言する証言者、「東方からの三人の王」に祭り上げ、カトリック教会の世界における中心性、その支配圏の拡大を示すこの上ない広告塔にすることだったのだ。そしてその名誉のすべては老いたるグレゴリオ教皇に帰せられた。(p.323) フェレイラ以外の神父および修道士は穴吊りを耐えた。ルカス神父は九日間という長い苦しみを耐えた。六十歳に達していたジュリアンは、処刑を見ていた証人たちの証言によれば五日間耐えた。彼は意識が朦朧としてきて苦痛も感じなくなっていた。暗黒の穴のなかで、彼は心のなかに自分が一番幸せだったころのことを考えていた。(p.528) 私が書いたのは権力やその興亡の歴史ではない。私が書いたのは歴史を動かしてゆく巨大な力と、これに巻き込まれたり、これと戦ったりした個人である。このなかには信長も、秀吉も、フェリペ二世もトスカーナ大公も、グレゴリオ十三世もシスト五世も登場するが、みな四人の少年と同じ人間として登場する。彼らが人間としてすがたを見せてくるまで執拗に記録を読んだのである。時代の流れを握った者だけが歴史を作るのではない。権力を握った者だけが偉大なのではない。ここには権力にさからい、これと戦った無名の人びとがおおぜい出てくる。これらの少年たちは、みずから強い意思をもってそれぞれの人生をまっとうした。したがって彼らはその人生においてヒーローだ。そしてもし無名の人びとがみなヒーローでなかったら、歴史をたどることになんの意味があるだろうか。なぜならわたしたちの多くはその無名のひとりなのだから。(p.532)

Posted byブクログ

2012/01/17

中世の歴史に興味がある方にオススメです。16世紀終わりに12歳から14歳の4人若者が、8年以上の歳月をかけ日本~ローマそしてローマ~日本という奇跡のような旅をした少年使節団のドラマを軸に、スペインの世界支配という世界史のうねりに巻き込まれた日本人が体験した西洋との衝突を、権力者か...

中世の歴史に興味がある方にオススメです。16世紀終わりに12歳から14歳の4人若者が、8年以上の歳月をかけ日本~ローマそしてローマ~日本という奇跡のような旅をした少年使節団のドラマを軸に、スペインの世界支配という世界史のうねりに巻き込まれた日本人が体験した西洋との衝突を、権力者から一般庶民に至る、それぞれの人生を通して多面的に語る壮大なドキュメンタリードラマです。 室町時代から江戸時代にかけての本は、国内の争乱についてばかり語ることが多いですが、世界史の視点で語る日本の中世の姿(外国人の視点など)は、現代の我々が中世について掴みあぐねるイメージを鮮明に映し出してくれます。本書に登場する、権力者、宣教師、一般庶民などそれぞれの立場の人たちの生き様は、まさに百花撩乱! 人間ドラマの宝庫です。主人公である少年使節団の四人のドラマは勿論ですが、キリシタン大名で有名な高山右近の生き様、彼の残した言葉などは、四百年以上経った今でも輝きに満ちており、感動に胸震が震えます。 かなりの力作なため、ページ数も多いですが非常に質の高いドキュメンタリーであり、後世に残したい一冊であります。

Posted byブクログ

2011/05/05

日本史の軸におかれる天正少年使節団を世界史的視点から捉え直したもの。為政者が考えた宗教(鎮護国家)、4人のその後、活版印刷の伝来、ヨーロッパでの受け止め方等勉強になる点が多い一冊。

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2011/04/24

日本の開国の機会は、幕末、ではなく、 自発的開国とするならば、織田信長が、キリスト教の布教を許可した瞬間だったのかもしれない。 しかし、その後、キリスト(旧教)の世界的戦略と日本国内で変わる権力者の変遷に、 キリスト者たちは、振り回される。 九州のキリシタン大名が派遣した...

日本の開国の機会は、幕末、ではなく、 自発的開国とするならば、織田信長が、キリスト教の布教を許可した瞬間だったのかもしれない。 しかし、その後、キリスト(旧教)の世界的戦略と日本国内で変わる権力者の変遷に、 キリスト者たちは、振り回される。 九州のキリシタン大名が派遣した、 四人の若者の、ヴァチカンに辿り着くまでの長い旅と、 そうして、戦国キリシタン大名たちの行き越しを、 内外の資料を読み砕き、 俯瞰の形 でとらえようとした、良書。 必読。

Posted byブクログ

2011/09/21

天正少年使節を中心に据えた当時の世界情勢・宣教師・キリシタン大名関連の内容。 私的にオススメな一品。

Posted byブクログ

2009/10/04

欧羅巴、日本、カソリック、ルネッサンス、これらに興味ある人は読み逃しないよう!筆者の注目する衣装/美術、筆に力も入り目の前に浮かぶ。素晴らしい。

Posted byブクログ

2009/10/04

フェリペ2世(中央)による世界帝国構築の野望。それに便乗しつつ、教養と寛容を手に、海を越える宣教師(現場)。21世紀でも似たようなできごと、ニュースやなんやらで目にしませんか? そしていつも犠牲になるのは弱き個人であり、それを潰すのは群集である。 現代に通じる大著。

Posted byブクログ