瀬戸内寂聴全集(八) の商品レビュー
後深草院二条の書いた「とはずがたり」の翻案小説、「中世炎上」です。 中世文学研究の大家、久保田淳先生との座談集に、この本が出てきて 興味を持ったことと、大学の講義で、「とはずがたり」を扱う授業を受ける かどうか迷って、少しでも「とはずがたり」に近づきたいと読みました。 原典と...
後深草院二条の書いた「とはずがたり」の翻案小説、「中世炎上」です。 中世文学研究の大家、久保田淳先生との座談集に、この本が出てきて 興味を持ったことと、大学の講義で、「とはずがたり」を扱う授業を受ける かどうか迷って、少しでも「とはずがたり」に近づきたいと読みました。 原典と小説は違うものがあるとは思います。 だからこれだけを読んで、解った気になってはダメですが。 一つの魅力的な小説、あるいは「とはずがたり」への招待状 としては、大変に面白く読みました。 大胆な愛の描写があることから、そこばかり注目されがちな 「とはずがたり」ですが、私は、二条を愛した男たちの中に 政治的な思惑や、癒しや充足のための計算がほの見える 部分を、あえて面白く感じました。 二条自身も高い教養を誇った知的な女性ですが 官能に押し流されるだけの女性ではないと想像しています。 ただ、深い仲になったなら、覚悟を決めてその恋を堪能しきる したたかさも持っていたと思うのです。 このお話は、西園寺兼実、つまり原典で言うところの「雪の曙」 が、とても魅力的に描かれているので、 院か、「有明の月」、つまり二条に眷恋する阿闍梨か、 誰がいいと言われたら私は兼実がいいなあと思うのですけど 男たちも相当にしたたかで、愛執の深い人物像で これがもし現実なら、ただ 「やめて」「嫌だ」 だけを言っていたって、元寇が来ようかというような社会情勢の 宮中で、二条も生きてゆけはしないだろうなあと納得しました。 彼女が恋愛遍歴に終止符を打って、女西行と呼ばれて 諸国放浪の旅に出るくだりは、非常に自然で むしろ物悲しいその旅路を原典で読みたくなりました。 また、小町伝説のように、華麗な恋のために仏罰をこうむった とかでなく、自分の意思で都を落ちていくのが理知的で やっぱり現代的なところがある作品ですね。 若くみずみずしい娘時代から、いっそ死んでもいいと思うような 夜も越えて、ひとりで生きることを選んだ女を描いているのは圧巻。 気力充実の時期の作品ならではです。 終わった愛を心で葬る経験をして、初めて 相手との関わりが自分の人生に深く楔を打っていたと 思い直す姿も、くどくど書かれていないのに伝わってきます。 落魄の二条が、塞き上げる思いをこらえて野辺送りに立つ ラストシーン、印象的でした。
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