ひばり伝 蒼穹流謫

齋藤愼爾【著】

• 販売会社／発売会社: 講談社
• 発売年月日: 2009/06/24
• JAN: 9784062155151

商品レビュー

2009/07/01

★あせらず おこらず あきらめず

私はクラシック・現代音楽やロック・ポップス・ジャズなど古今東西の世界中の音楽を聞くと同時に、いま現在TVやネットなど巷で流れている楽曲だけに振り回されて、感性の赴くままあたかもそれを好きな曲だと偽らないためにも音楽的本質を見失うことのないようにと、中学生以来たとえば川上音二郎一座のオッペケペー節や添田唖蝉坊のノンキ節まであまたの音源を聞くという行為に及んできました。

祖父のお気に入りの駄洒落が「おまえは若いみそらで美空ひばりを知っとるのか」でしたが、何年か前に1年かけて美空ひばりをすべて聞いて彼女が歌うジャズのすばらしに魅了されたりしました。

美空ひばりといえば竹中労『美空ひばり』(弘文堂1965年・後ちくま文庫『完本 美空ひばり』2005年)や平岡正明『美空ひばりの芸術』(ネスコ1990年)『美空ひばり 歌は海を超えて』(毎日新聞社2010年)を至高として、言及される本は400冊は下らないといわれていますが、本書は新たな問題作です。

ときどき見るフィルムに『悲しき口笛』と『東京キッド』があります。敗戦直後まだ瓦礫が残る東京の憔悴しきった日常の中に、貧しくてもけなげに生きている少女がひとりという、いかにもという作品ですが、まんまと術中にはまって涙している自分にいつも笑ってしまうのですが、何故か何回も見ています。彼女の11、2歳の頃の映画ですが、その歌といい演技といい、けた外れにずば抜けて並みいる有名俳優たちは生彩に欠け完全に食われていると思わせるに十分な存在です。伝記好きの私は、小学生以来、何千冊と読んで来たか図り知れませんが、これほど熱い思いのたけを注ぎ込んで書かれたものはかつて一度もなかったと思います。実は、作者の斎藤愼爾について長らくそうとう悪いイメージを持っていました。それは、我が平岡正明が初期の論考の中で、けちょんけちょんに論難していたからです。

それは、まったく這う這うの体で逃げ出さざるを得ないほどのものでしたが60年代後半の頃のことで、ダメな奴と烙印を押された人のことは逆の意味で気になっていたのでしょうか、その後も別の眼で追い駆けていたら、深夜叢書社を基盤に随分と地道な多彩な仕事をされてきたことを知っていました。これは、昨年の瀬戸内寂聴を書いた『寂聴伝』に続く人物伝で、おそらくこれで終わりではなくまだまだ続々と出てくるだろうと期待を抱かせます。

レビュー登録日　2009年07月01日
推敲 (更新日)　2012年09月27日